予約席のない同窓会
綿貫澪は、高校の同窓会を欠席する理由を考えるため、カフェ〈空席〉へ来た。
バリスタの久世青磁は、空いている椅子へ小さな木製の椅子を一つずつ置く。予約札の代わりらしい。誰かが座ると回収し、胸ポケットへしまう。
「席は、嘘を覚えません」
澪は同級生のグループチャットで、憧れていた出版社に勤めていると話していた。本当は三か月前に契約社員の仕事を辞め、今は求職中だった。出版社には一度応募したが、書類で落ちている。
「熱が出たことにするのが自然ですよね」
「明日の体温まで予約するんですか」
青磁は澪が座る椅子から木の印を取った。平日の昼間、澪は毎日この席で求人票を見ていた。カップの下には職業相談所の書類がある。
「仕事のことを訊かれたくないんです」
「では、答えなければいい」
「嘘がばれます」
「嘘を訂正することと、人生を全部報告することは別です」
青磁はメニューの裏へ、一語だけ書いた。
『求職中』
「これだけで?」
「出版社にいると言ったのは嘘だった。今は求職中。二文です」
「どうして嘘をついたか、説明しないと」
「訊かれたら考える。先に長く説明すると、相手へ許す役を押しつけます」
澪は、夢を諦めたと思われるのが嫌だった。高校時代、文芸部で誰より編集者になりたいと語った。仕事を失った今の自分が、当時より小さく見える気がした。
「行かない方が楽です」
「行きたくない?」
「会いたい人はいます」
「なら、仕事の肩書きに代わりに欠席させないことです」
青磁は無愛想に珈琲を置いたが、同窓会の会場から店までの終電時刻を小さな紙へ書いてくれた。途中で苦しくなったら、この店へ戻ればいいという。閉店後でも、裏口のベルを一度だけ鳴らせばよい。
「そこまでしてもらう理由がありません」
「予約だからです」
青磁はカウンターの端へ、木の椅子を一つ置いた。ほかの客の席から回収したものより、少し古く、背もたれに傷がある。
翌夜、澪は同窓会へ行った。出版社の話を振られ、『あれは嘘。今は求職中』と答えた。驚かれ、笑われる覚悟もしたが、友人の一人は「私も先月辞めた」と小声で言った。
帰り、澪は店へ寄った。青磁は何も訊かず、木の椅子を胸ポケットへ戻した。
「席は、嘘を覚えないんですよね」
「ええ」
「では、何を覚えるんですか」
青磁は澪がいつも座る椅子を引いた。
「戻ってきた人です。空席は、いない人のためではなく、帰る人のために取ってあります」
澪は肩書きのないまま、その予約席へ座った。