二杯目は薄く

喫茶「遠灯」で、榛名はいつも二杯コーヒーを飲む。

一杯目は濃く、二杯目は薄く。店主の志摩は注文を覚えていて、一杯目のカップが空になる頃、湯を多めにした二杯目を黙って置く。

榛名はそこで手紙を書く。メールではなく、便箋と万年筆で。宛先は小学時代の恩師、現在九十一歳の多喜先生だった。

〈こちらは金木犀が咲きました〉

〈今年もベランダの鳩に負けました〉

書くのはそんなことばかりだ。先生からの返事も、〈今日は粥を食べました〉〈看護師さんの靴がきれいでした〉と短い。

その日、榛名は一杯目を飲み終えても、白い便箋を埋められなかった。先週、先生の姪から葉書が届いた。多喜先生はもう文字を書くのが難しく、これまでの手紙を枕元で読んでもらっているという。

何を書けばいいのか。励ます言葉は軽く、思い出は別れの準備のように思えた。

志摩が二杯目を置いた。色は薄く、湯気も穏やかだった。

「薄いコーヒーって、意味がありますか」

榛名が訊くと、志摩は少し考えた。

「長く座るためには」

それだけ言ってカウンターへ戻った。

榛名は便箋に書いた。

〈今日は二杯目のコーヒーを飲んでいます。薄いけれど、長く座るにはちょうどいいそうです。先生の返事はなくても、私はまた書きます〉

続けて、店の窓から見える犬、焦げたトーストを交換してもらった客、志摩の新しい蝶ネクタイのことを書いた。

封筒を閉じる頃、二杯目は冷めていた。それでも苦みは柔らかく、最後まで飲めた。

店を出る前、榛名は次の便箋を一枚だけ鞄へ入れた。金木犀の香りのする通りを、郵便ポストまでゆっくり歩いた。

一週間後、姪から写真が届いた。多喜先生が封筒を膝に置き、薄く笑っている。返事の代わりに、便箋の端へ震える丸が一つ描かれていた。榛名はそれをコーヒーカップだと思うことにして、次の手紙の書き出しを考えた。

次の一杯もきっと薄く、だからこそ長い手紙が書ける気がした。