二次会の靴
石動茉莉は、披露宴会場の裏で二次会用のスニーカーを履いていた。
朝倉和葉が見つけたとき、片方の紐だけが結ばれ、もう片方は震える指の間で絡まっていた。会場では司会者が「新郎からもう一つ、うれしいサプライズがあります」と告げている。
茉莉は妊娠九週だった。まだ両親にも職場にも話していない。体調が安定してから、自分の順番で伝えるつもりだった。新郎は喜びを隠せず、二次会で発表するため、スクリーンに超音波写真まで用意していた。
和葉はサプライズが好きだ。誕生日も送別会も、本人に気づかれず準備するほど成功だと思っている。茉莉から妊娠を聞いたときも、祝いたくて仕方がなかった。みんなに拍手される景色を、きれいだと想像する自分もいる。
「写真、どこ?」
「司会台のパソコン」
和葉は絡まった靴紐をほどいた。茉莉に結ばせるのではなく、右足だけ自分が結ぶ。次に、会場スタッフから進行用のパソコンを預かり、投影データを確認した。ファイル名は《BABY_SURPRISE》。パスワードはかかっていない。
削除すれば済む話ではなかった。和葉は外付けメモリーへ移し、元のフォルダから外した。バックアップの場所を確認し、司会者の台本から発表部分を抜く。無線マイクの予備電池も、勝手に再開されないよう責任者へ預けた。
茉莉は新郎へ電話をした。
「喜んでないんじゃない。私の身体のことを、私より先に発表しないで」
それだけ言い、今夜は戻らないと伝えた。結婚をどうするかは、体調が落ち着いてから話すという。
和葉には、拍手を受け取れば茉莉も少しうれしくなるのでは、という考えがまだ残っていた。だが、うれしさを試すために公開していい情報ではない。
二次会の会場では、金色の風船が天井に浮いていた。文字はまだ貼られていない。和葉は脚立を借り、一つずつ紐を外した。茉莉も下で受け取り、空気を抜く。風船は細い音を立てて縮んだ。
全部片づけると、床に白いハイヒールが一足残っていた。茉莉はスニーカーで歩く。和葉はヒールを箱へ入れ、片手に提げた。
裏口へ向かう途中、茉莉の左の靴紐がまた緩んだ。二人は同時にしゃがみ、今度は片方ずつ輪を作った。
結び目ができる。拍手はなかった。二人はそれで立ち上がった。