人間判定、保留
杣川冬弥は、列車事故で身体の九割を失った。救命AIは臓器を順番に置き換え、損傷した脳の一部も神経網で補った。
退院した日、市民認証が彼を拒否した。
《有機脳比率四七パーセント。本人性の再審査が必要です》
銀行口座は凍結され、会社は休職扱いを延長し、娘の保護者欄から名前が消えた。自宅の鍵さえ開かず、娘が内側から迎えに来なければ入れなかった。飼い犬だけは認証を求めず、機械の脚へ鼻を押しつけた。冬弥は鏡の顔を見た。事故前と同じに作られているのに、国家AIには「杣川冬弥らしき存在」だった。
審査では、幼少期の記憶、指紋、癖、家族への愛情を問われた。すべて正しく答えた。
「記憶は移植可能です。感情も模倣できます」と審査官は言った。「あなたが本人だと証明するものは?」
冬弥にも分からなかった。妻は事故の前年に亡くなっている。本人だと断言してくれる人は、十二歳の娘だけだった。
娘は証言台で、父の嫌いな食べ物や寝言を話した。審査官は首を振った。
「それも記録から再現できます」
娘は黙り、急に冬弥へ怒鳴った。
「じゃあ、約束どおり来週の参観日に来てよ! 本人なら!」
冬弥は、事故前にその約束をしていなかった。娘も分かっていた。証明ではなく、新しい約束を差し出したのだ。
「行く」と冬弥は答えた。
審査結果は保留になった。保留の間にも生活は続き、娘の弁当を作ることに許可は要らなかった。彼は市民権のないまま、学校の門で臨時入校手続きをし、参観日に出た。娘は発表の途中で言葉を忘れた。冬弥は助けず、最後まで待った。事故前の彼なら、すぐ答えを口で教えていた。
帰り道、娘が言った。
「前のお父さんと、ちょっと違う」
「違ったら嫌か」
「今のお父さんも、約束は守った」
半年後、法律が改正され、本人性は部品の比率ではなく、関係と責任の継続で判断されることになった。
冬弥は証明書を受け取ったが、もうそこに人間と書かれていることだけを頼りにはしなかった。自分が誰かは、過去の保存率ではなく、今日交わした約束を明日どう守るかで決まると思えた。