今夜王を殺す
王宮の給仕モラン・フィーデは、軍議室の扉越しに宰相の声を聞いた。
「今夜、王を殺す」
将軍が答える。
「女王はどうします」
「先に動けなくする。騎士を二人、犠牲にしても構わん」
「王子には?」
「最後まで知らせるな」
モランは銀盆を落としかけた。
王は温厚で、今夜は外国使節を招く晩餐会がある。宰相と将軍がそこで政変を起こすつもりだ。
彼は侍女長へ知らせた。
「王を逃がしてください」
「どこへ?」
「城外へ」
「晩餐会直前に?」
「毒殺かもしれない」
「根拠は?」
「宰相が“殺す”と」
「直接的すぎて、逆に別の話では」
「女王を動けなくし、騎士を犠牲にするとも」
侍女長の顔色が変わった。
「それはもう十分、政変ね」
二人は王へ遠回しに警告した。
「今夜、身辺にご注意を」
王は笑う。
「心配ない。私も勝つつもりだ」
モランは震えた。
「計画をご存じで?」
「宰相の考えは読める」
「では対策を」
「まず中央を取らせない」
「城の中央広場?」
「いや、卓上だ」
王は晩餐会後、軍議室へ向かった。宰相と将軍も続く。
モランたちは衛兵を集め、突入の準備をした。
扉の向こうで宰相が叫ぶ。
「騎士を捨てろ!」
将軍が答える。
「女王を封じました!」
王の声。
「甘い。こちらの王は逃げる」
「追え。今夜こそ殺せ!」
モランが扉を蹴開けた。
「謀反人を捕らえろ!」
室内の三人は、小さな盤を囲んでいた。白と黒の駒が並び、宰相の指先が黒い王を追い詰めている。
王が駒を持ったまま言う。
「チェスの最中だが」
将軍も盤を示す。
「騎士はナイト、女王はクイーンです」
「王子には?」
宰相が答える。
「殿下は負けると盤をひっくり返すので、今夜の対局を秘密にしました」
衛兵たちは剣を収めた。
王は盤上を見て、ため息をつく。
「ところで宰相、私は本当に詰んでいるのか」
「三手前から」
そこへ王子が扉から顔を出した。
「僕も入れて」
宰相は盤を抱える。
「殿下、今夜はもう終わりです」
「負けたの?」
「王が殺されました」
王子は盤をひっくり返した。
秘密にした判断だけは正しかった。
その夜殺された王は、木製だった。