保存できなかった春
相良映真は、校門前の写真を完璧に撮るつもりだった。
太陽の向き、門柱の文字、桜の枝。三日前から下見し、立ち位置を白線のひびで覚えた。レンズも磨き、制服の襟が曲がらないよう鏡まで鞄に入れてきた。深町志鶴には「卒業式より準備してる」と笑われた。
人波が消えた午後、二人は計画どおりの場所に立った。
映真はスマートフォンをベンチに置き、セルフタイマーを設定する。十秒後、電子音が鳴った。二人は同時に笑った。
画面には、〈ストレージの空き容量がありません〉。
「撮れてない?」
「待って。動画消す」
映真は慌てて写真を選んだ。文化祭、修学旅行、放課後の教室。どれも消せない。迷っている間に、用務員が校門の立て看板を外し始めた。
「もう一回だけ」
不要なスクリーンショットを削除し、再び走る。
今度はシャッター直前に電池が切れた。
黒くなった画面へ、二人の顔が薄く映る。
映真は立ち尽くした。三年間、失敗した行事写真は何度もあった。それでも最後の一枚だけは残したかった。
志鶴は校門を背にし、両手で四角い枠を作った。
「じゃあ、目で撮る」
「何それ」
「映真、右に半歩。桜が頭から生えてる」
言われたとおり動く。志鶴は指の枠をのぞき、口で「カシャ」と言った。
「今度は私」
映真も指で枠を作る。志鶴の髪に花びらが一枚ついている。門柱の影が頬にかかり、笑うと左のえくぼだけが深くなった。
「撮った」
「保存先は?」
「たぶん、ここ」
映真は胸を指した。言ってから恥ずかしくなり、二人で笑った。
帰宅後、充電したスマートフォンには、もちろん写真はなかった。
代わりに映真はノートへ、覚えている志鶴の姿を書いた。〈髪に花びら。左だけえくぼ。笑う前に少し息を吸う〉。
同じ時刻、志鶴からメッセージが届いた。
〈映真は緊張すると、卒業証書の筒を右手から左手へ持ち替える。今日、七回〉
二人の記録は一致していなかった。
だからこそ、失敗した一枚には、撮る側と撮られる側の二つの春が残った。
映真はノートの最後に日付を書き、ページを閉じた。写真なら一秒で見返せる。言葉の記録は、そのたび読み直さなければならない。
その面倒さごと、二人は春を保存することにした。