借りた声
祝部理一は、音声広告を作るエンジニアだった。二十九歳。父の依頼で、十年前に亡くなった祖父の声を使い、法事用の家族史動画を作ることになった。
祝部家には蝋管蓄音機の時代から録音を保管する箱がある。蓋の内側に、墨で一つだけ禁忌が書かれていた。
《死んだ家族の声に、生きている者の言葉を読ませてはいけない》
箱の中の古い録音目録には、声を重ねた者の欄だけ本名が消え、《代読》と記されている。彼らの声は没後も新しい録音へ現れ、反対に生前最後の会話はすべて無音になっていた。祖父の最終テープにも、理一の赤ん坊の泣き声だけが先に入っていた。
祖父の肉声は短い挨拶しかない。理一は声紋を学習させ、自分で書いた原稿を祖父の声へ変換することにした。父は禁忌を気にしたが、声の保存は先祖供養になると説得した。
試験として一文だけ、生成ボタンを押した。
『私は祝部家の長男、理一です』
祖父の声が読み上げた直後、ソフトは《話者情報を更新しました》と表示した。理一のマイク入力まで祖父の声へ変わり、元へ戻す設定が消えた。波形表示では、理一が黙っている間にも祖父の声が続き、口の動きより半秒早く次の言葉を作っていた。
電話で父に助けを求めると、理一は普通に話しているつもりなのに、父は「親父、どこにいる」と怯えた。通話の自動文字起こしでは、話者名が《祝部理一(故人)》になっている。
さらに生成音声は原稿にない話を始めた。祖父しか知らない金庫の番号、父の幼名、理一が生まれる前に決められていた墓の位置。最後に「声を借りた方が返す番だ」と言った。
銀行アプリから相続手続き完了の通知が来た。祖父名義の休眠口座が復活し、本人確認には理一の音声が使われている。反対に理一の口座は《死亡確認済み》で凍結された。
深夜、スマートスピーカーへ「電気を消して」と頼んだ。機器は祖父の声を認識し、日常の定型文で答えた。
『祝部理一さんの音声プロフィールを削除しました』
理一が叫んでも、もうどの端末も反応しない。代わりに仏壇の古いカセットから、理一自身の声が流れた。
『私は祝部家の長男、理一でした』