値札を戻す店
美濃部森直久は、朝倉谷柚莉が古着を洗う姿を嫌った。
「他人の着た服を触って、貧乏くさい。専業主婦なら新品を買えばいいだろ。誰のおかげで飯が食えてる」
柚莉は、まだ着られる服が大量に捨てられることのほうが気になった。
汚れを落とし、ほつれを直し、素材と修理履歴を記録して販売する。最初はフリーマーケット、次は小さなオンライン店。売った人にも再販売額の一部を戻す仕組みにした。
直久は、段ボールが増えるたび「ゴミ屋敷」と怒鳴った。
二年後、直久の勤める百貨店が循環型ファッション売場を新設することになった。提携候補の代表として柚莉が現れる。
「朝倉谷リウェアは、会員二十万人、年間取扱高五十億円です」
商品の一着ずつに修理記録と適正価格を付け、職人へ作業料を払う。海外企業からも出資が決まり、百貨店は全国全店での展開を選んだ。
直久は役員へ言った。
「妻は家の物を勝手に売る人です。信用に関わります」
柚莉は取引履歴を示した。販売したのは自分と顧客から預かった服だけ。むしろ直久が家計口座で買い、着ずに放置した高級服は、一点も出品していなかった。
さらに直久は、百貨店の廃棄予定品を知人業者へ横流しし、利益を得ていたことが監査で判明した。彼は売場選定から外され、懲戒調査を受ける。
柚莉は新店舗のバックヤードで離婚届を渡した。
「段ボールを置く家もなくなるぞ」
「倉庫も事務所も借りた。私は新居へ移る。あなたの服は、あなたが処分して」
柚莉の役員報酬は直久の年収を超え、法人口座には百貨店から保証金が振り込まれていた。
オープン初日、直久が二年前に買って一度しか着なかったコートが、本人の依頼で査定台へ持ち込まれる。柚莉は私情を挟まず、傷みを見て正当な値札を付けた。
百貨店との全国契約が発効し、離婚届の提出予約が確定する。
コートへ新しい値札が戻された瞬間、直久が価値のない古着と笑った仕事は五十億円の市場となり、妻へ付けていた“無収入”の札だけが完全に剥がれた。