停電中の出席番号
補習が終わった直後、雷で教室の電気が消えた。
夕方の空は雨雲で暗く、窓からもほとんど光が入らない。教室に残っていたのは、私ともう一人だけだった。
「誰?」
暗闇から声がした。
「そっちこそ」
「出席番号で言う?」
「名前でいいでしょ」
「暗いと、番号のほうが秘密っぽい」
馬鹿らしいと思いながら、自分の番号を答えた。相手は私より十番後ろだった。座席表を思い浮かべれば誰かわかるはずなのに、焦っていて出てこない。
雨音が窓いっぱいに広がった。
「補習、何の教科?」
「数学」
「同じだ」
「普段できるふりしてる?」
「してる。そっちも?」
「してる」
顔が見えないせいか、言葉が簡単に出た。
授業で当てられるのが怖いこと。友達が「余裕でしょ」と言うたび笑ってごまかすこと。家で問題集を開いても、できない自分を確かめるようで閉じてしまうこと。
相手も似た話をした。
「クラスで一番、何でもできそうな人がいるじゃん」
「いる」
「ああいう人になりたかった」
「その人も補習だったりして」
「まさか」
雷が近くで落ち、私は机の角に膝をぶつけた。
「大丈夫?」
「痛い」
「手、出して」
暗闇の中で手を伸ばすと、指先が触れた。相手は私を窓際から廊下側へ導いた。手のひらは雨の日なのに温かかった。
非常灯がつき、薄い緑色の光が教室を照らした。
目の前にいたのは、さっき話した「何でもできそうな人」だった。
二人同時に「あ」と言った。
彼女は学年上位で、委員長で、先生の質問には必ず答える。私が勝手に、悩みなどないと思っていた人だ。
「補習だったんだ」
「そっちもね」
「番号で話してよかった」
「どうして?」
「名前だったら、こんなこと言えなかった」
電気が戻るまで、私たちは番号で呼び合った。
翌日、明るい教室では、また名字に戻った。
けれど数学の授業で先生が難しい問題を出したとき、彼女は手を挙げず、私のほうを見た。机の下で、指を十本と少し動かす。
私は自分の番号を指で返した。
できないことを知っている二人だけの、停電後も消えなかった出席確認だった。