偶然は毎月第三木曜

 掛水柚世は、駅前の喫茶店で高校時代の親友と再会した。

 十年ぶりだった。

 二人は卒業間際の小さな喧嘩から連絡を取らなくなり、謝るきっかけもないまま別々の町で暮らしていた。

「偶然だね」

 親友が言った。

「本当に」

 その日は第三木曜だった。

 翌月の第三木曜、柚世はまた同じ店へ行った。

 偶然を期待したわけではない、と自分へ言い訳しながら、前回と同じ窓際席へ座る。

 十分後、親友が入ってきた。

「また偶然」

「この店、よく来るの?」

「月に一度くらい」

 柚世も同じだと答えた。

 二人は珈琲とシナモントーストを頼んだ。

 昔の話は避け、最近見た映画、駅前の工事、靴下が片方なくなる理由について話した。

 謝罪も説明もない。

 それでも一時間が過ぎるころには、沈黙が高校時代と同じ形になった。

 三か月目、親友が五分遅れてきた。

「電車が遅れた」

 柚世はホームの時刻表を知っていた。遅延はない。

 たぶん来るか迷ったのだろう。

「この路線、よく遅れるね」

 嘘へ嘘を重ね、席を空けた。

 半年目、店が臨時休業だった。

 二人は閉まった扉の前で鉢合わせた。

「偶然」

 同時に言い、とうとう笑った。

 近くの公園へ行き、自動販売機の缶珈琲を買った。

 ベンチへ座ると、親友が鞄から小さな手帳を出した。

 第三木曜すべてに、丸がついている。

 柚世も携帯の予定表を見せた。同じ日へ〈駅前〉とだけ入れてある。

「偶然じゃなかったね」

「最初から」

「じゃあ、来月も?」

「偶然会えたら」

 二人だけの言い方は残した。

 次の第三木曜、喫茶店は開いていた。

 親友は先に来て、柚世の席へシナモントーストを一皿置いていた。

「注文、間違えた」

「私の分まで?」

「店員さんが偶然」

 柚世は追及せず、半分を取った。

 焼けたパンから、バターとシナモンの甘い香りが上がる。

 十年前の喧嘩について、まだ二人は話していない。

 けれど毎月同じ日に、会うつもりではないふりをして会い、互いの席を温めている。

 偶然という優しい嘘は、謝るより先に二人を同じ卓へ戻した。

 珈琲が冷めるまでの時間を何度も重ねれば、いつか昔の話も、砂糖のようにゆっくり溶ける気がした。