八号車の死角
八号車で、乗客が消えた。
夜行列車の個室から実業家が姿を消し、財布と上着だけが残された。車内カメラには、車掌が八号車の連結部へ入り、二台のカメラが届かない蛇腹の死角へ進む姿が映っている。その直後、実業家の個室から非常ボタンが押された。
窓の外を流れる駅名標は、列車の進行方向と逆へ動いていた。鉄道会社は、カメラ映像が左右反転しているためだと説明した。
また、映像の車掌室には「一号車側」と書かれた札が見えた。八号車の後方なら「九号車側」のはずだが、編成替えで札を直していないという。
列車は途中の分岐駅で前後四両ずつに切り離され、別々の目的地へ向かっていた。実業家が消えたと分かったのは分割後で、警察は八号車を終着駅まで封鎖した。床下も天井裏も調べたが、人が抜けた跡はない。
実業家の携帯電話は、分岐駅の直後まで八号車の無線中継器へ接続していた。鉄道会社は、それを車内にいた証拠とした。だが中継器の識別名も客向け号車番号に連動して書き換わる仕様で、接続記録は車体ではなく、その時点で与えられた呼び名しか示していなかった。
私は車両番号ではなく、車体の製造番号を追った。分岐駅では二つの編成を連結し直すため、客向けの号車表示だけを電光板で変更する。固定された監視カメラの管理名は、車両基地での並び順のままだった。
映像に「八号車」と表示された車両は、分割後の八号車ではない。分岐前は八号車だったが、切り離された後、反対方面の一号車として走っていた。
駅名標が逆へ流れたのも反転表示のせいではない。警察が想定した列車とは、実際に逆方向へ走っていたからだ。
車掌が入った連結部の死角は、終着駅で捜索された八号車には存在しない。本物の車両は別の終着駅へ着き、すでに車両基地へ回送されていた。
基地で一号車の床下機器箱を開けると、麻酔をかけられた実業家が見つかった。そばには、反対方面の車掌が置いた工具袋があった。
八号車で乗客が消えたのではない。
私たちが八号車と呼び続けた画面の車両が、途中から一号車になっていた。
死角は連結部にあったのではなく、列車を二つに分けた瞬間の「号車名」の中にあった。