六日湯田の治癒泥
湯殿シンの領地は、六日ごとに湯畑の底から白い泥を押し上げる。
傷の熱を取る治癒泥だ。木の人形が薄い板へ塗り、乾かし、包帯包みにして街の救護所へ送る。定期契約の代金は湯路の補修費とシンの暮らしへ自動で分かれる。七日目ではない。六日目に生まれるのは、傷が一日でも早く楽になるようにという古い祈りらしい。
シンは戦場救護隊で、その祈りを何年も自分には使わなかった。
白い制服は血と薬草で色を失い、袖は担架に擦れて薄い。夜半でも赤い鳥が飛べば前線へ走り、倒れた翌朝も「治せる者が休むな」と起こされた。退役後も隊長からの未読要請が続いていた。
最初の六日目、湯畑の木人形が最後の包みを送り出す。
〈治癒泥八十包、救護所へ納品済み。六日分の生活費を入金しました〉
収益の最初の使い道を尋ねられ、シンは自分用の柔らかな寝具と、消化のよい食料を注文した。救護隊では薬も布も「より重い患者」から配られ、自分はいつも最後だった。領地帳には重症度の欄がなく、所有者の生活費が最初から必要経費に含まれている。生き続けるための食事や睡眠は、褒美ではなく維持費なのだと、湯田は数字で教えてくれた。それでよかった。
シンが息をつくと、赤い鳥が窓へぶつかった。
『西部で負傷者多数。直ちに復帰せよ』
隊長の声だった。
「治癒泥は八十包、もう救護所へ届いています」
『泥では足りない。お前の術が必要だ』
「私の術は、私の傷にも必要です」
『報奨を出す。皆が苦しんでいる』
その言葉には、昔なら逆らえなかった。だが、誰かが苦しむたび自分を差し出していたら、自分だけが永遠に治らない。
「救う仕組みは残しました。私は戻りません」
『見捨てるのか』
「いいえ。私を一人、救います」
赤い鳥の魔法を解き、ただの紙へ戻す。
シンは湯畑の端にある一人用の湯船へ入った。売り物にならない薄い泥を肩へ塗り、湯に浮かぶ。
六日働いた領地は静かだった。シンも目を閉じ、傷が急がず塞がるのを待つことにした。