六畳を画像にする
六畳の部屋を、絃葉はスマートフォンの画面に収めようとしていた。
机、ベッド、本棚、カーテン。入口に立っても全部は入らない。パノラマ撮影に切り替えると、父が廊下から顔を出した。
「写真なんか撮ってどうする」
「残しておく」
「残すなら、机くらい持っていけ」
机には高校時代の時間割が透明マットの下に挟まっている。右端には父が貼った「十一時消灯」の紙。剥がすと、そこだけ木の色が明るかった。
「置く場所ないよ」
「今どきの机より丈夫だ。将来、子どもにも使える」
絃葉は画面を左から右へゆっくり動かした。父の言葉も一緒に写り込みそうで、途中で撮影を止める。
「この部屋を、そのまま次の家に作るつもりはない」
「思い出がなくなるぞ」
「画像には残る」
「薄っぺらいな」
父は机の引き出しを開けた。中には、絃葉が置いていった鉛筆、古い定期券、予備の合鍵が入っている。合鍵には「絃葉の部屋」と書いた札がついていた。
父が鍵を持ち上げる。
「これも要るだろう」
「もう開ける部屋がなくなるのに?」
「記念だ」
絃葉は鍵を受け取らず、スマートフォンで一枚だけ撮った。札の文字と父の指先が映る。
「写真にしたから、鍵は捨てていい」
父は不満そうだったが、鍵を金属ごみの缶へ入れた。硬い音が一度した。
二人で机の脚を外す。父はねじを一つずつ小袋へ集めたが、絃葉は「部品も回収に渡すよ」と言った。
「また組み立てたくなるかもしれない」
「なったら、そのとき新しい机を選ぶ」
父は六角レンチを握ったまま、動かなかった。
「ここに帰る場所がなくなるんだぞ」
絃葉は床へ座った。家具をどかした畳には、机とベッドの跡が長方形に残っている。
「帰る場所を、部屋の形で決めないで」
父も向かいに座った。
「じゃあ、何で決める」
「会いたいと思えるかどうか」
答えると、父は畳の傷を指でなぞった。すぐに謝りもしなければ、昔の話もしなかった。ただ「そうか」と言った。
最後に、何もなくなった六畳をもう一度撮る。今度は一枚に収まった。父が画面の端へ入りかけたので、絃葉は切らずにそのまま保存した。
「送れ」
「どっちを?」
「空になったほう」
絃葉は父へ画像を送った。家具は残さなかったが、同じ空白を二人の端末に一枚ずつ置いた。