凍った朝食
極北調査隊で、支援魔術師オルナは「湯たんぽ係」と呼ばれていた。
彼女は天幕から逃げる熱を拾い、寝袋、食料箱、水樽へ少しずつ戻していた。
隊長セデルは氷原へ出る前、最新式の耐寒装備を見せつけた。
「毛皮も魔導炉もある。暖めるだけの術師はここで外す」
オルナは橇を降り、南へ戻った。
追放後、最初の夜。
魔導炉は天幕の中央を十分に暖めた。隊員たちは厚い寝袋で眠り、誰も寒さを訴えなかった。
翌朝、炊事係が水樽の蓋を開けた。
中身は底まで凍っていた。
乾燥豆は石のように固まり、油瓶は白く凝固し、予備の薬液は瓶ごと割れている。炉の熱は人の周囲だけに集まり、荷物を置いた天幕の端まで届いていなかった。
「雪を溶かせば水になる」
溶かすための燃料を使うと、朝食分だけで一日予定の三割が消えた。出発は遅れ、凍った革紐が切れて橇も動かない。
替えの革紐を温めようと炉へ近づけると、今度は表面だけ乾いて割れた。地図を広げる机も霜で張り付き、方位磁針の油まで固まって針が動かない。隊員たちは暖かな毛皮の中で、出発に必要な物だけを次々失った。最新装備に守られたまま、最初の朝から一歩も進めなかった。
副隊長が割れた薬瓶を拾う。
「オルナ殿は人を暖めていたのではない。限られた熱を、凍らせてはいけない順に配っていたんだ」
同じころオルナは、雪深いフルミ村の温室にいた。
一つの小炉から余熱を畑へ回すと、霜で枯れていた芽が土を持ち上げた。村長フルミは最初の青菜を彼女の手へ載せる。
「冬に緑を作れる人を、湯たんぽ係とは呼ばない。今日から温室長だ」
温室の余熱は隣の鶏小屋にも流れ、凍っていた水桶が溶けた。子どもたちは季節外れの青菜を一枚ずつ味見し、宿屋は春まで保存食だけだった献立へ緑のスープを書き足した。村では翌月分の野菜まで契約が決まった。
昼過ぎ、調査隊の伝令犬が手紙を運んできた。
『燃料が尽きる。全権を与えるから戻れ』
オルナは青菜を温室の籠へ置いた。
「極北調査隊との保温契約は、橇を降ろされた時点で終了しています」