分からないまま手を挙げる
城戸怜実は、質問する前に答えを調べた。
社内研修で知らない用語が出ても、休憩まで待って検索する。会議中に聞けば、そんなことも知らないのかと思われそうだった。分かったふりで進めた結果、数字の設定を一度大きく間違えたが、その失敗さえ「確認不足」と報告し、「質問できなかった」とは言わなかった。修正には三人が半日かかった。それでも次の会議で、怜実はまた知らない言葉をノートへ写すだけだった。
日曜、科学館の展示を見ていると、宇宙解説員へ次々に質問する男の子がいた。悠生、十歳。
「宇宙に上はある?」「地球が止まったら海はこぼれる?」「黒い穴は中も黒い?」
解説員が答えられないものには、「まだ分からない」と笑って返す。悠生は失望せず、首から下げた紙へ丸をつけた。
「何を数えてるの?」と怜実が訊く。
「分からないまま聞けたら一点」
「答えが分かったらじゃないの?」
「分かったら、もう聞かなくていいから点なし」
悠生は怜実へ、空いた小さな得点欄を一つ見せた。
「おねえさんも一回。調べたら負け」
ちょうど目の前には、重力波を音へ変換した展示があった。説明を読んでも意味が分からない。怜実は解説員へ尋ねようとして、子ども向けの質問にも見えないかと迷った。
悠生が鉛筆を構えて待つ。
「この音は、本当に宇宙で鳴っているんですか」
解説員は、音そのものではなく観測データを人が聞ける形へ変えたのだと説明した。悠生は怜実の欄へ、大きな丸を一つ書いた。
展示を離れるとき、悠生の得点表には丸が十一個あった。正解の数は書かれていない。怜実の一個も、子どもっぽい質問として消されず同じ大きさだった。分からないことは、隠しているあいだだけ自分一人の欠点に見えるのかもしれなかった。
翌日の研修で、新しい分析ソフトの略称が出た。周囲がうなずく中、怜実だけ意味を知らない。検索窓を開きかけ、得点欄の丸を思い出した。
隣の受講者が一瞬こちらを見た。怜実は手を下ろしたくなったが、その人のノートにも同じ略称の横へ疑問符が書かれているのが見えた。
講師が次の画面へ進む前に、怜実は分からないまま手を挙げた。
「その略称が指す範囲を、最初に確認してもいいですか」