勝ったのに抜かれなかった剣
傭兵団〈鉄狼〉は砦を奪った。
敵旗が落ち、夕焼けの中で勝鬨が上がる。だが次の出撃命令が出ても、百本の剣は鞘から抜かれなかった。
団員たちの手には給金袋。基本給だけで、夜襲手当も、城壁突破手当も、負傷加算も入っていない。
団長クレイヴは机を叩いた。
「勝ったのだから、細かいことを言うな!」
最前列の斧兵が包帯を巻いた腕を上げる。
「細かい銀貨のために、俺たちは細くない矢を受けた」
昨日まで経理担当イリューザは、作戦命令と負傷記録を照合し、その日のうちに危険手当を計算していた。団長は彼女を「戦場で血を流さない寄生者」と追放し、会計箱を若い従卒へ渡した。
従卒は基本給しか知らなかった。足りない総額は金貨四百。団長が次回まとめると約束しても、過去に後払いが消えた団を知る傭兵たちは動かない。
その夜、敵の援軍が砦の外へ現れた。〈鉄狼〉は勝ったばかりの城壁を、無給のまま守ることになった。
団長は金貨四百を次の略奪品から払うと言った。傭兵たちは笑わなかった。まだ奪っていない物を給金に数える団は、負けた時には何も払わない。
敵軍の太鼓が近づく中、兵たちは城壁に立ったまま剣へ手を掛けない。逃げもしない代わりに、書面と現金が届くまで戦わない。団長は初めて、命令より先に精算が必要な戦場を知った。
一方イリューザは、隣町の防衛隊で夜襲任務の精算を終えていた。帰還した兵の袋には、危険度と負傷に応じた銀貨が入っている。
隊長は自分の手当を最後に受け取り、彼女へ敬礼した。
兵たちは袋の封を確かめると、誰に急かされるでもなく次の警戒配置へ向かった。支払いは忠誠を買ったのではない。約束を守る側も命令を守ると示したのだ。イリューザの机から、百本の剣が同時に動き出した。
「命を値踏みされたとは思わない。命を懸けた事実を忘れられなかったと思える」
真夜中、〈鉄狼〉の副団長が包囲を抜けて来た。
「団長が謝罪する。戻って手当を計算してくれ。金は何とか集める」
イリューザは最後の袋を封じた。
「計算はできますが、旧団のためにはしません。追放された時点で契約は終了しています」