半分ずつ薄い弁当箱
銀色の弁当箱は、蓋を二回叩くと中身が二倍になった。
ただし増やすたび、すべての味が半分に薄くなる。
小さな食堂の店主は、最初、閉店間際の客へ使った。
残っていたカレー一皿が二皿になる。
味は少し薄くなったが、空腹の客は喜んだ。
台風で町の道路が止まり、食料が届かなくなった日、弁当箱は大活躍した。
おにぎり十個を二十個。
二十個を四十個。
四十個を八十個。
避難所の全員へ配れた。
ただし味はほとんど水のようになった。
それでも食べられないよりいい。
店主は何度も蓋を叩いた。
三日目、幼い子どもが一口食べ、
「これ、何味?」
と尋ねた。
店主は答えられなかった。
梅干しも塩も米の甘さも、増やしすぎて消えていた。
避難所には、少しずつ食材を持つ人がいた。
老人の家から味噌。
学生の鞄から飴。
農家の倉庫から葱。
皆、量が少ないから出せないと思っていた。
店主は弁当箱へ入れず、大鍋へ全部集めた。
味噌汁は百人分には足りない。
小さな椀へ一口ずつよそった。
「少なすぎる」
誰かが言った。
子どもは一口飲み、
「味がする」
と笑った。
その笑顔で、皆が自分の持っている物を出し始めた。
海苔一枚。
胡麻。
乾燥わかめ。
醤油の小袋。
量は十分でなくても、混ぜれば一人一口の味になった。
薄いおにぎりと一緒に食べると、それだけで食事らしかった。
道路が復旧し、食料が届いた。
店主は銀色の弁当箱を食堂へ戻した。
普段は使わない。
ただ、閉店後に一人だけ客が来たときは、料理を二つに増やすことがある。
味が半分になるので、店主も同じ卓へ座り、漬物や話を足す。
ある夜、昔の常連が二人来た。
残った煮物は一皿だけ。
蓋を叩こうとすると、客が止めた。
「三人で少しずつ食べればいい」
煮物を小皿へ分けた。
一人分は少ない。
けれど元の味のままだった。
弁当箱は不足を消してくれる。
使いすぎれば、足りないという痛みと一緒に、分けた物の味まで消える。
店主は今、足りないとき最初に蓋を叩かない。
まず周りへ尋ねる。
「少しずつ、持ち寄れますか」
小さな奇跡より先に、人の手から出てくる一口があることを覚えたからだ。