卒業証書の前夜

卒業式の前夜、壇上の横断幕が裂けた。

飾りつけ担当の私たちが、脚立から下ろすときに引っかけた。

『卒業おめでとう』の「業」と「お」の間に、大きな破れ。

先生へ言えば新しいものを用意してくれるかもしれない。でも、時間は夜九時。業者も学校も閉まっている。

私と親友は、破れた幕を美術室へ運んだ。

大人には言えない修復計画。

裏から布を当て、糸で縫う。表の文字がずれないよう、何度も広げる。

「裁縫できる?」

「家庭科、三」

「私、二」

不安しかなかった。

針を刺すたび、白い布へ赤い糸が見えた。目立たない色を探したが、残っていたのは文化祭で使った赤だけ。

「隠せないね」

「じゃあ、隠さない」

破れ目に沿って、赤い糸で小さな花を縫った。裂けた場所をつなぐのではなく、そこから咲いたようにする。

一輪。二輪。針目は不揃いで、近くから見れば修理だとすぐ分かった。

作業しながら、私たちは卒業後のことを話した。

親友は上京。私は地元で就職。

毎日会えなくなることを、式が近づいても避けていた。

「この幕みたいに、離れても縫えるかな」

親友が言った。

「赤い糸とか?」

「恋人みたいで嫌」

二人で笑った。

午前零時、横断幕は完成した。

赤い花が十七輪。破れ目は見える。でも、前より少しだけ華やかだった。

翌朝、先生は幕を見て驚いた。

私たちは、最初からそういうデザインだったと言い張った。

式の最中、壇上を見上げるたび、赤い花が目に入った。

卒業生は誰も、前夜に幕が裂けたことを知らない。

校歌を歌うと、親友が隣で泣いた。

私も泣いた。

式のあと、先生が私たちへ赤い糸の残りを渡した。

「修理報告書は出さなくていい。ただし、脚立の扱いは反省しろ」

ばれていたらしい。

糸を半分ずつ持ち帰った。

卒業後、連絡が途切れた月もあった。喧嘩もした。

それでも仲直りするとき、どちらかが赤い花の写真を送った。

裂けなかった関係ではなく、裂けた場所を二人だけの模様に変えたことが、私たちの秘密だった。