同じ端末の三人

物流AI企業「ルートノヴァ」への投資契約会議で、鶴巻田朱里は本人確認を請け負うコンプライアンス会社の契約社員だった。創業者三人がそれぞれ三十三パーセントを持ち、経営権が分散していることが投資条件だった。

三人分の本人確認書、株主同意書、電子署名はそろっている。一人は東京、一人は札幌、もう一人はシンガポール在住とされていた。

朱里は署名証明の端末指紋を照合した。三人とも同じ端末ID、同じブラウザ、同じ社内IP。署名時刻も午後四時十二分、十三分、十四分と一分間隔だった。

創業者代表は、オンライン会議室の共用端末で順番に署名したと説明した。

だがシンガポール在住の人物は、その時刻に現地病院へ入院していた。札幌の人物は五年前に会社を退職し、住所も不明。電話番号は三人とも創業者代表の秘書につながった。

朱里は署名時の顔認証画像を開いた。三枚とも同じ男性が写り、背景だけ自動で置き換えられている。画像生成の透かしも残っていた。

さらに三人の株式を最終的に取得する秘密契約があり、買主は投資ファンドの担当パートナーだった。投資後、名目上分散した株式を一円で集め、会社を支配する計画である。

パートナーは朱里へ、本人確認の範囲を越えていると怒鳴った。

朱里は業務委託書の利益相反確認条項を示した。

「同じ端末から三人が生まれた時点で、範囲の中です」

ファンドの監査役が投資契約書と秘密契約を並べ、担当パートナーの退席を命じた。

朱里は三人の本人確認書に添付された旅券画像も比較した。番号と氏名は違うが、右下の擦り傷と光の反射が同じだった。一枚の旅券画像へ文字だけを重ねた偽物である。秘密契約への担当パートナーの署名時刻は、投資審査開始より前だった。

担当パートナーは、名義上の三人へ連絡することを拒んだ。監査役が秘密契約の原本を開くと、株式取得代金一円の横に、パートナー自身の実印が押されていた。

三つの署名は画面に残ったが、同じ指紋のまま百億円の決裁を通ることはできなかった。