同担の鍵
相原紗良と同僚の御子柴瑠璃は、仕事では相性がよくなかった。
企画の方向性でぶつかり、昼休みも別々。互いに私生活を話さない。その二人が同じ男性アイドル〈ECLIPSE〉の紫苑を推していることを、本人たちだけが知らなかった。
残業中、瑠璃のバッグから限定キーホルダーが落ちた。紗良も同じものをポーチの内側に付けている。しかも裏面には、ファンアカウント名〈しおん糖〉と書かれていた。
紗良は固まった。その名前を知っていた。新曲の解釈をめぐって何度も言い争った相手だ。紫苑の視線は左を向いていた、いや客席全体を見ていた。衣装の意味は孤独だ、いや再生だ。紗良のアカウント〈月食ソーダ〉とは、界隈で有名な不仲だった。互いの文章だけは必ず読み、必ず腹を立てる、奇妙に律儀な関係でもあった。
瑠璃も紗良のスマートフォン画面に表示された通知を見た。
「まさか、月食ソーダ?」
「しおん糖なの?」
二人は同時に嫌な顔をした。秘密がばれた恥ずかしさより、最悪の相手と推しが同じ衝撃のほうが大きい。
翌週、紫苑の公開収録が平日に決まった。紗良は当選したが、重要な提案日と重なる。諦めていると、瑠璃が資料を引き取ると言った。
「勘違いしないで。同担として親切にするんじゃない。あなたが紫苑を見た感想は、たぶん腹が立つけど読みたいから」
紗良は笑った。
「じゃあ次に瑠璃が当たったら、私が代わる。仲良くはしないけど」
「それでいい」
公開収録の日、紗良は会社の鍵と紫苑のキーホルダーを同じリングへ付けた。帰社すると、瑠璃が提案を成功させて待っていた。
二人は感想でまた意見が割れた。けれど今度は、匿名の画面越しではなく、会議室で声を抑えて言い合った。
退勤時、瑠璃の鍵にも同じキーホルダーが揺れる。好きが同じでも、同じ人間になる必要はない。紗良はそれを隠さず鳴らしながら、隣のエレベーターへ乗った。