同窓会で呼ばれた鍵アカの名
片瀬千紘は、同窓会に推し色のネイルをしていくつもりはなかった。
予約した店で一本欠け、直せる色が白夜灯というアイドルの限定色しかなかったのだ。薬指だけ、夜空のような紫になった。
会場で、高校時代に何でも笑いの種にした同級生がその指を見た。
「それ、鍵アカの『夜ふかし標本』と同じじゃない?」
心臓が跳ねた。千紘のファンアカウントは非公開だが、承認した人の誰かが投稿を見せたらしい。そこには、同窓会へ行きたくないという弱音も書いていた。
同級生は面白いものを見つけた顔で、周囲へ声をかけようとした。
「待って」
止めたのは、ほとんど話したことのなかった篠宮だった。
「そのアカウント、私もフォローしてる。中の投稿を本人の許可なく言うのは違う」
篠宮は離婚後、眠れない時期に白夜灯を好きになり、「夜ふかし標本」の短い日記に救われたという。千紘の身元には前から気づいていたが、言わなかった。
「鍵がかかってるのは、恥ずかしいからじゃなく、入れる人を選んでるからでしょう」
高校時代、千紘は好きな歌手の名前を筆箱に書いただけで「必死すぎる」と笑われた。それから、熱中している姿を見せると負けだと思い、同窓会でも仕事と天気の話しかしていなかった。篠宮の言葉は、あの頃に言い返せなかった自分へ遅れて届いた。選ぶ権利は、笑う側ではなく、扉を持つ自分にある。
同級生は肩をすくめ、別の輪へ移った。
千紘は帰宅後、アカウントを消すか迷った。弱音を読まれた怖さは消えない。そこで全員を一度見直し、信頼できない相手を外した。鍵はそのままにした。
そして同窓会の感想を書く。
〈行きたくなかった場所で、選んで入れた人が扉を守ってくれた〉
投稿後、篠宮から紫の星が一つ届いた。
翌週、二人は白夜灯のライブへ行った。千紘は薬指だけでなく、十本すべてを夜空の色に塗った。
隠さないことと、誰にでも見せることは違う。その区別を、もう恥とは呼ばなかった。
鍵は閉じたまま、千紘の背筋だけが伸びていた。