名前を打つタイプライター
夫は売れない小説家だった。
亡くなったあと、妻は書斎を片づけた。
本は絶版になり、書店にも図書館にもほとんど残っていない。
長い年月を言葉へ使っても、読まれなければ消えたのと同じだと妻は思った。
机には、夫が若い頃から使ったタイプライターがある。
電源も入っていないのに、午前零時になると鍵盤が一人で動いた。
一行に、一つの名前だけを打った。
翌夜は別の名前。
その次の夜も。
妻の知らない人ばかりだった。
タイプライターは、その日に夫の文章を読んだ人の名前を打つらしい。
多い日でも三人。
一人も打たない夜もあった。
妻は紙を毎日取り替え、名前をファイルへ綴じた。
学生らしい名前、外国の名前、同じ人が何度も現れることもある。
夫の本がまだ誰かに読まれている。
そのことは嬉しかった。
同時に、少し妬ましかった。
夫は読者には弱さを書いたのに、妻には「大丈夫」としか言わなかった。
原稿の中に、自分の知らない夫が大勢いる気がした。
ある夜、タイプライターが妻の名前を打った。
妻はその日、夫の本を読んでいない。
腹を立てて紙を破ろうとし、机の脇に未発表原稿が開いていることに気づいた。
片づけ中、最初の一頁だけ目を通したのだった。
それも「読んだ」に含まれるらしい。
翌日、続きを読んだ。
夫婦を題材にした物語だった。
妻に似た人物が、何度も夫へ腹を立て、最後には一人で旅へ出る。
理想の妻ではない。
間違いも、頑固さも、笑い方の癖も、そのまま書かれている。
最後の頁は未完だった。
文章は、
「彼女は扉を開け」
で終わっている。
午前零時、タイプライターはまた妻の名前を打った。
妻は隣へ、自分で続きを打った。
「知らない町へ出た。」
翌朝、旅行会社へ電話した。
夫と行くはずで何度も延期した町を、一人で訪ねた。
海辺の宿で未発表原稿を読み、最終頁へ旅の記録を書き足した。
帰宅後、原稿を小さな出版社へ送った。
本になり、最初の読者から手紙が届いた。
「最後の一文が好きです」
その夜、タイプライターは読者の名前と並べて、妻の名前をもう一度打った。
今度は妻も、夫の作品を受け継ぐ人ではなく、一行を書いた人としてそこにいる気がした。
名前は今も毎晩増える。
多くはない。
それでも一人の名前が打たれるたび、言葉は消えずに誰かの時間へ移った。
妻は紙を替えながら、夫の死後に始まった物語の続きを、自分の暮らしで書いている。