吹雪の日は頁だけ

雪代ホタルは北方製材所で、冬になるほど勤務時間が伸びた。

深緑の制服は樹脂で硬く、肩口は丸太の縄に擦られて白くなっていた。吹雪でも鋸は止まらず、乾燥炉の火番は夜通し続く。退職後の未読欄には「炉温低下」「薪の在庫不明」「凍死者を出したいのか」。恐ろしい言葉ほど、人を無料で動かすのに便利らしかった。

森の端の小屋で開いた無限収納は、木材を濡れも乾きも理想の状態に保った。樹種と長さで自動分類され、登録した暖炉や工房へ必要量だけ送り出せる。

ホタルは村々の共同薪棚と契約した。春から秋に集めた倒木を収納し、冬は各家が使った分だけ取り出す。代金は森の管理組合とホタルへ自動で分かれる。吹雪の日にも、彼女が橇を引く必要はなかった。

初雪の朝、暖炉脇の木片端末が鳴った。

《共同薪棚利用料:入金》

《冬季生活費を充足。追加伐採は不要です》

窓の外では雪が音を吸い、小屋の中では一本の薪が小さく爆ぜた。ホタルは「不要」という文字の温かさを初めて知った。

共同棚の利用者から届くのは苦情ではなく、《受取完了》の印だけだった。夜中に薪が尽きた家にも自動で届く。誰かを凍えさせずに、自分も布団から出なくてよい仕組みが、本当にあった。村人は薪を受け取るたび、戸口の雪を払うだけで済んだ。ホタルの名前を夜中に叫ぶ者はいない。

元工場長から通信が割り込む。

「乾燥炉が故障した。お前の収納があれば納期に間に合う。戻れ」

「収納口の貸出料金表を送ります」

「お前自身が管理しろ。高給を出す」

「夜勤はしません」

「町の暖房が止まるぞ」

ホタルは共同薪棚の残量を確認した。町の三か月分が、静かに収まっている。

「止まりません。止まるのは、無理な納期の製材所だけです」

返事を待たず通信を閉じ、元職場の緊急権限を削除した。擦り切れた制服は薪にできないので、扉の隙間風を塞ぐ布へ縫い直す。

それから彼女は揺り椅子へ深く座り、無限収納から去年買った長編小説を出した。吹雪が止むまで、頁以外は何もめくらないことにした。