四十八枚目の白紙

同時通訳者の猪苗代は、防音ブースを内側から施錠し、国際会議へオンライン参加した。午後十時三分、背後の高い棚から金属製の辞書押さえが落ち、猪苗代の頭を直撃した。参加者は事故を目撃し、職員が非常鍵で入るまで扉も窓も閉じたまま。棚に人が触れた様子はなかった。

容疑者は翻訳会社代表の御法川、機材担当の志筑、契約相手の梛野。三人とも別会場から会議に映り続け、猪苗代が翻訳料の横領を告発すれば困る。棚の下にはネットワークプリンターがあり、猪苗代は印刷物を受け取るためその前へ椅子を置いていた。

猪苗代は会議中、通訳原稿を何度もプリンターから受け取り、印刷音に慣れていた。御法川は報酬配分を巡って争い、梛野は契約違反を責められ、志筑は機材不備の責任を問われている。三人とも落下の瞬間には画面内にいたため、棚の上の物が自力で動いたようにしか見えなかった。

プリンター周辺の手掛かりは三つだけだった。

第一に、事件時刻、内容のない白紙四十八枚を出力した記録が残っていた。

第二に、落ちた辞書押さえの底には新しいトナー粉と、紙幅と同じまっすぐな擦れ跡があった。

第三に、白紙の印刷命令は志筑の機材管理アカウントから予約送信されていた。

御法川が一枚ずつ出力口へ差すと、紙束は棚の縁へ載せられた辞書押さえを少しずつ前へ押した。四十八枚目で重心が外へ出る。

「志筑は会議前、辞書押さえをプリンターの排紙線上へ置いた」私は言った。十時三分に白紙を連続印刷させ、積み上がる紙の力だけで棚から落としたのだ。出力記録が時限動作を、底の粉と擦れが押された経路を、管理アカウントが仕掛けた者を示す。猪苗代自身が施錠したため、犯人は会議中に近づく必要がない。四十八枚の白紙は何も語らないまま、一枚ずつ殺意を棚の端へ運んだ。 密室へ入れなかった犯人に代わり、プリンターが一枚ずつ近づいた。 印刷された内容ではなく、紙の枚数だけが殺人を実行したのである。 最後の一枚まで、誰も白紙を証拠とは考えなかった。