四日勤務の条件欄
詩乃は、内定承諾書の条件欄へ、勝手に一行を書き足した。
〈週四日勤務を希望します〉
転職先が提示したのは週五日、管理職候補の契約だった。晴臣との結婚式まで四か月。式後も、二人で過ごす時間を今より増やしたい。けれど条件を出せば、内定そのものが撤回される可能性がある。
晴臣は「今の会社に残ればいい」と言った。詩乃はその言葉に反発しながら、少し安心もした。何も変えずに結婚へ進む未来は、駅のホームのように明るく見えた。
一方、転職先の仕事は、ずっと挑戦したかった領域だった。週五日で受ければ、結婚準備を後回しにする自分が見える。辞退すれば、晴臣の希望を選んだことにして、いつか責める自分が見える。
式場の予定表には、打ち合わせ可能な平日が三日だけ残っている。求人票には、繁忙期の休日出勤ありと小さく書かれていた。詩乃は、その小さな文字を見なかったことにして承諾する自分を想像できた。
机には二枚の契約書がある。一枚は先方の原本。もう一枚は詩乃が印刷した控え。原本には空欄がなく、控えの余白だけが広い。
採用担当へ電話すると、条件交渉は想定外だと言われた。
「承諾か辞退のどちらかでお願いします」
「では、この条件で承諾します。受け入れられなければ、辞退扱いにしてください」
自分でも、ずるい言い方に聞こえた。選択を相手へ渡しているようで、実際には、週五日を選ばないと決めている。
電話の向こうで保留音が流れた。詩乃は晴臣から届いた二件のメッセージを開く。
〈無理しないで〉
〈でも、仕事を諦めた顔で式に来ないで〉
思わず笑った。どちらも命令ではなく、晴臣が引き受けられないものの境界だった。
採用担当が戻り、「今回は条件に合わない」と告げた。
詩乃は礼を言い、通話を終えた。内定は消えた。週四日の仕事が手に入ったわけでもない。
それでも、原本の承諾欄には署名せず、控えに書いた一行だけを赤ペンで囲んだ。次の応募でも、この条件を消さないと決めて、二枚を別々の封筒へ入れた。