回し車から業務連絡
綿引昴は、オンライン家庭教師をしている。
夜十時に最後の授業が終わっても、質問のメッセージは届く。
〈この解き方で合っていますか〉
〈明日の小テストが不安です〉
昴は一件ずつ返した。自分が学生の頃、夜中に一人で悩んだことを覚えているからだ。
机の隣では、ハムスターの丸点が回し車を走っている。
車輪がきい、きいと鳴るたび、昴の心へ声が届いた。
『返信』
きい。
『返信』
きい。
『また返信』
「困ってる子がいるんだ」
『走っても景色が変わらんのは、そっちも同じ』
「君に言われたくない」
丸点はさらに速く走った。
深夜一時、回し車の音が止まった。
昴は画面から顔を上げる。
丸点が水入れの前で座り、こちらを見ている。
「どうした」
『先生』
「何」
『質問』
「どうぞ」
『いつ休む』
昴は苦笑した。
「これを返したら」
『その答えは前回も不正解』
「でも、明日テストなんだ」
『生徒は眠る。先生だけ起きている』
確かに、送信時刻を見ると相手のメッセージは一時間前だった。今すぐ返しても、読むのは朝だろう。
昴は返信を下書きへ保存し、パソコンを閉じた。
台所で麦茶を温める。冷たいまま飲むつもりだったが、湯気に焙じた麦の香りが立つと、喉までほっとした。
丸点には新しい床材を少し足し、掌へ乗せる。
小さな体は驚くほど熱く、頬袋には餌が一粒入っていた。
『業務連絡』
「まだあるの?」
『明日から受付は十一時まで』
「勝手に決めないで」
『先生が倒れると、生徒が困る』
「正論だね」
『丸点をつけろ』
翌日、昴は生徒と保護者へ連絡し、夜十一時以降の質問は翌朝返すと伝えた。
不満は出なかった。むしろ「先生も休んでください」と返事が来た。
その晩、十一時になると、昴は自分からパソコンを閉じた。
丸点が回し車を走り始める。
「君は休まないの?」
『これは趣味』
「仕事との違いは?」
『やめたいときにやめる』
しばらくして車輪の音が止み、丸点は巣箱へ潜った。
部屋には温かな麦茶と新しい木屑の匂いが残る。昴も布団へ入り、未返信の質問を明日の自分へ渡した。
それは先延ばしではなく、正しい提出時刻のように思えた。