城壁の中の透明な敵

包囲された白珠城で、敵兵より先に井戸水が兵を倒した。

城内千二百人のうち、三日で二百人が腹を壊した。水は透明で、毒見の鼠も死なない。司令官ゼルヴァンは敵の呪術を疑い、魔術師へ金貨を積んだ。

転移者の結衣は、前世で水質管理をしていた。しかし魔力がないため、井戸の掃除係にされていた。

結衣が使った知識は一つ。飲料水へ適量の消毒剤を加え、見えない病原を減らすこと。

城には布を漂白するための塩素石があった。結衣は水量を樽ごとに測り、試験用の小瓶で濃さを確かめてから、ごく少量だけ溶かした。勘では入れない。濃すぎる樽も、反応が足りない樽も飲用札をつけなかった。

処理後すぐには配らず、砂時計が落ちるまで蓋をして待つ。兵が焦って柄杓を伸ばすたび、結衣は札の時刻を示した。城が包囲されていても、水だけは勘と勢いに任せない。その徹底ぶりに、水番たちも樽ごとの記録を競うようにつけ始めた。

「洗濯の石を飲ませる気か!」

魔術師長が杖を向ける。

結衣は二つの透明な水を、王立検査院から持ち込まれた培養板へ落とした。従来水の板には翌朝、白い斑点が一面に広がった。処理水の板は、数えられるほどの三点だけ。見た目が同じ水の中にいた敵が、白い点として姿を現した。

処理した樽を兵五百人へ回す。翌日、新たな腹痛は七十二人から十四人。二日目は三人。三日目はゼロ。寝込んでいた弓兵も城壁へ戻り、射手の列は二百から三百八十へ増えた。

敵軍は弱った城へ総攻撃をかけた。だが城壁から降った矢の数は予想の倍。敵は梯子を捨てて退いた。

司令官は勝鬨のあと、魔術師長が請求した金貨八百枚と、結衣が使った塩素石二個の帳簿を並べた。

「透明な敵を倒したのは、攻撃魔法ではなかった」

結衣は称賛より先に、濃度を測らず石を投げ込もうとした兵の手を止めた。適量でなければ水は守れない。その厳しさを見て、司令官は城の水源鍵をすべて外した。

「白珠城の水務長官に任ずる。私が飲む一杯も、君の検査を通してくれ」

城壁の鐘が鳴り、青い飲用札の樽が千二百人へ運ばれ始めた。