墓守小屋の四季
夫を亡くしてから、妻は毎日墓地へ通った。
娘は一緒に暮らそうと誘ったが、妻は断った。
この町を離れれば、夫を一人にする気がした。
雪の午後、墓守小屋へ道具を返しに入った。
扉を閉めると、外の十五分が、小屋の周りでは一つの季節になった。
窓の外で雪が解け、梅が咲いた。
十五分後には春だった。
妻は驚きながら夫の墓へ行き、草を抜いた。
小屋へ戻ると、今度は夏が来た。
蝉の声の中で墓石を洗い、夫が嫌っていた強い日差しに傘を差した。
秋には落ち葉を集めた。
冬には花立ての水が凍った。
外の時計では一時間。
妻の周りでは、墓を守る一年が過ぎた。
四季の間、墓地には誰も来なかった。
娘からの着信は、窓の外でほとんど止まっている。
妻は一人で夫へ話し続けた。
町内会のこと、膝の痛み、娘の子どもが受験すること。
話題は一巡し、二巡し、やがて尽きた。
二度目の春が来る前、小屋の壁に古い注意書きを見つけた。
「墓は、残された人を縛るための場所ではありません」
墓守が書いた、ごく普通の文章だった。
妻は腹を立てた。
縛られているのではない。自分で通っているのだ。
そう言い返したとき、夫が生前よく口にした言葉を思い出した。
「お前は頼まれてないことまで、責任にする」
妻は墓前へ戻り、初めて夫へ別れを告げた。
永遠の別れではない。
毎日来ることをやめる、という小さな別れだった。
小屋の扉を開けると、外では一時間しかたっていなかった。
雪はまだ降り、娘からの着信が一件残っていた。
妻は電話をかけ直し、「春になったら引っ越す」と伝えた。
娘は泣き、妻は「まだ冬なのに早い」と笑った。
春、妻は娘の町へ移った。
墓参りは年に二度になった。
夏の草は墓守が刈り、冬の水は空のままでも、夫は文句を言わなかった。
新しい部屋の窓辺には、墓地から持ち帰った小さな鉢を置いた。
季節は普通の速さで進んだ。
花が咲くまで何か月もかかり、その間に孫の受験が終わり、妻の膝も少し良くなった。
守る時間を減らした分、生きている人と過ごす時間が増えた。
夫の場所が遠くなったのではない。
妻の世界の方が、もう一度広くなったのだ。