墓石より軽いバケツ
雨宮倫太は、母の七回忌を終えてから父とほとんど口を利いていない。雅秋が病院へ行くのを一日延ばしたことを、倫太は許していない。雅秋は「本人が嫌がった」と繰り返すだけで、それ以上を話さない。
盆の朝、二人は墓地で落ち合った。約束したわけではない。毎年同じ時間に来るから、会ってしまう。
「遅い」
「五分だ」
「花が萎れる」
「まだ買ったばかりだろ」
雅秋が草を抜き、倫太が墓石へ水をかけた。たわしは一つしかなく、交代で使う。父が家紋の溝を擦り、息子が名前の文字を拭く。共同作業なのに、視線は合わない。
バケツの水を替えに行く途中、倫太は父の歩幅が小さくなったことに気づいた。持とうかとは言わなかった。雅秋も渡そうとしない。戻る坂で水が半分こぼれた。
「無理するなよ」
「これくらい」
「母さんのときもそう言った」
「……そうだな」
雅秋は立ち止まった。倫太は続きを待ったが、父は墓のほうへ歩き出した。謝罪も説明もない。七年かけて固まったものが、坂の途中で溶けるはずもなかった。
掃除を終え、二人で線香に火をつけた。雅秋のライターは風で何度も消え、倫太が両手で囲った。炎は二人の指の間でようやく立った。
「来年は仕事かもしれない」
倫太が言った。
「盆は毎年来る」
「俺の仕事の話」
「そうか」
父は引き留めなかった。
墓地の水場へ戻り、倫太が空のバケツを持った。来たときよりずっと軽いのに、腕の中が落ち着かなかった。雅秋は駐車場で車の鍵を倫太へ投げた。
「駅まで送るんじゃないの」
「先に家へ戻って、麦茶出しとけ。俺は花屋へ寄る」
「何で俺が」
「冷蔵庫の二段目」
倫太の掌には、車の鍵と一緒に家の鍵も付いていた。昔のままの、傷だらけの輪だった。
雅秋は答えを待たず、花屋の方向へ歩いていく。倫太は鍵を外して返すこともできた。だが空のバケツを後部座席へ置き、運転席に座った。
車を向けたのは、駅ではなく、七年帰っていない家のほうだった。