夜明けの留守番電話
「もうすぐ明るくなる」――留守番電話の声は、鳥の声に包まれていた。
失踪した舞台女優が残した最後の伝言だった。録音時刻は六時四十分。背後では小鳥が同じ長さで三度鳴き、遠くの拍手は途中でぷつりと切れた。警察は、女優が夜明け前に劇場近くから電話したと考えた。
劇場の守衛は、午前六時には建物を施錠したままだったと証言した。女優と争っていた演出家も、その時刻には自宅で眠っていた。玄関カメラに出入りはなく、電話の基地局も劇場周辺を示している。
女優の鞄は舞台袖で見つかった。中には化粧道具と、前夜の公演で使った小道具の鍵。舞台上には暗転したままの森のセットが残り、スピーカーの電源だけが入っていた。
小道具の鍵には演出家の手袋と同じ黒い繊維が絡んでいた。演出家は前夜、装置の不具合を直した際についたと答えた。守衛の巡回記録には朝六時の異常がないため、警察は女優が劇場を出たあと誰かと会った可能性を追った。
ところが基地局の範囲から劇場は外れず、通用口にも足跡はない。残された声だけが、夜明けという時間を指していた。録音時刻にも午前・午後の表示はなかった。
刑事が伝言を何度も聞くと、小鳥の鳴き方が毎回まったく同じ間隔であることに気づいた。拍手も途中で不自然に切れ、そのあと機械の作動音が入っている。録音された環境音だった。
上演台本には、終幕直前の指示が書かれていた。「鳥の声三回。暗転。主人公『もうすぐ明るくなる』。照明復帰」。女優は台詞を口にしていたのではなく、その場面を利用して助けを求めていた。
劇場の稽古表には、当日十八時四十分から暗転確認とある。留守番電話の六時四十分は朝ではなく夕方だった。
演出家の睡眠記録は午前のもの。午後六時十二分、彼の車は劇場の搬入口へ入っている。
刑事が舞台の主電源を入れると、森の向こうから白い照明が昇った。
夜明けの留守番電話に朝はなかった。「明るくなる」は希望ではなく、照明が戻る前に居場所を伝えるための、最後の台詞だった。