夜明けを洗う

睦のエプロンには、白い小麦粉が一日の終わりのように積もっていた。

 町のパン工房で夜勤を終えた午前四時、持ち帰ったエプロンと帽子をコインランドリーへ入れる。店頭に並ぶパンはもう焼き上がっているのに、それを買う客の顔を睦はほとんど知らない。家の洗濯機を回せば隣室へ響きそうで、週に一度だけここへ来る。

 店内は夜の明るさを保っていた。

 蛍光灯は白く、空調は低く、乾燥機は同じ速さで回っている。窓の外だけが、黒から薄い青へ少しずつ変わっていた。

 睦の向かいでは、作業着の人が厚い手袋を洗っていた。

 言葉は交わさない。相手は缶コーヒーを飲み、睦は形が崩れて売り場に出せなかった小さなパンを食べる。乾燥した表面が少し硬く、噛むと中だけまだ甘かった。

 機械が回る。

 ごう、ごう。

 粉のついた水が白く濁る。

 すすぎが始まり、透明になる。

 外では雨が上がり、排水溝だけがしばらく音を立てていた。

 始発のバスが店の前を通った。

 車内灯の長い光が窓を横切り、丸い洗濯機のガラスへ映る。睦のエプロンも、向かいの手袋も、一瞬だけ朝の色になった。

 作業着の人が立ち上がり、洗い終えた手袋を乾燥機へ移した。片方を落とし、拾う。立ち去る前に、空になった缶を自販機横の箱へ入れた。

 缶が底へ当たる音。

 入口のベル。

 それだけを残し、人はまだ薄暗い道へ出ていった。

 睦は窓の外を見た。

 これから働き始める人がいて、これから眠る自分がいる。昼の友人から「おはよう」と届く時間に、睦はいつも通知を切る。そのずれを説明するのが面倒で、返事は夕方になった。昼の予定へ合わせられない生活を、時々は街から取り残されたように感じる。

 けれど誰もいないと思っていた時間にも、手袋を洗う人がいて、バスを運転する人がいて、パンを並べ終えた自分がいる。

 乾燥機から取り出したエプロンは温かく、小麦粉の匂いはほとんど消えていた。

 空はもう灰色だった。

 睦は店を出て、起き始めた町と反対の方向へ歩く。帰ればカーテンを閉め、一人で眠る。

 それは朝に背を向けることではなく、自分の夜をきちんと終えることだった。