夜明け前の櫛
祖母の鏡台には、歯の欠けた木の櫛が置かれていた。
祖母が亡くなったあと、祖父と孫が同じ家で暮らし始めた。
二人とも相手を心配させまいと、夜はよく眠れたふりをした。
夜明け前になると、木の櫛が鏡台の上でゆっくり回った。
つま先のような持ち手が、その夜、悪い夢を見た人の部屋を向いた。
最初は孫の部屋だった。
転校先で一人になる夢を見て、布団の中で泣いていた。
祖父は櫛の向きを見て、何も聞かず温かい牛乳を持っていった。
次の夜は祖父の部屋。
孫が訪ねると、祖父は「便所へ起きただけ」と言った。
だが櫛は夜明けまで祖父を指したままだった。
「おばあちゃんの夢?」
孫が聞くと、祖父はしばらく黙った。
夢の中で祖母が台所に立ち、自分だけ先に朝食を食べていたという。
起きたとき、腹が立った。
亡くなった人まで自分を置いていくのかと思ったらしい。
二人は、夢の内容を朝食で話す習慣を作った。
怖い夢だけではない。
空を泳ぐ夢。
試験に遅れる夢。
祖母が若返り、祖父を知らないと言う夢。
話してしまえば、夜の形が少し小さくなった。
ある朝、櫛はどの部屋も向かず、玄関を指していた。
二人は不安になり、外へ出た。
門のそばで、近所の子どもが膝を抱えていた。
家族と喧嘩し、夜中に外へ出たまま帰れなくなったという。
祖父は家へ上げ、孫は牛乳を温めた。
子どもは夢を見ていない。
それでも、帰る場所を失う怖さは、夜の中で悪い夢とよく似ていた。
朝になり、家族が迎えに来た。
櫛は鏡台で元の向きへ戻った。
祖父が亡くなった夜、孫は一睡もできなかった。
櫛は自分の部屋を向くと思ったが、朝まで祖父の空いた部屋を指していた。
孫はそこで布団へ入り、祖父の枕を抱いた。
悪い夢を見たのは、自分だけではなく、主を失った部屋の方かもしれないと思った。
今、孫は大人になり、古い家で子どもを育てている。
櫛は時々、家族の部屋を指す。
向けられた人へ、すぐ理由を尋ねない。
まず湯を沸かし、朝になるまで隣にいる。
夢は止められない。
けれど目覚めた場所に誰かいることは、家の中で用意できる。