夜番の瞳
東の空が明るみ始めるたび、敵陣の祈祷声が大きくなった。
夜明けと同時に太陽の槍が落ち、城門を焼き抜く。地下では兵たちが対抗の鏡を組み立てているが、完成まであと三時間かかる。
夜番キュサは塔の灯籠へ黒油を注いだ。
この灯は、燃やすたび夜を一時間だけ引き延ばす。その代わり、灯守の瞳から「昼に属するもの」が一つ消える。失うものは灯が選ぶ。
一度目。
昇りかけた光が地平線の下へ戻った。キュサの目から花の色が消えた。塔の鉢に咲く白い花も赤い花も、同じ黒い塊に見える。
二度目。
夜がさらに深くなる。今度は人の笑顔が見えなくなった。相棒ノーデが安心させようと口角を上げても、顔は仮面のように動かない。
「あと一時間」
地下から伝令が来る。
三度目の油を注ぐ。灯が星を吸い、空を縫い止めた。
代価に、キュサの目から自分の影が消えた。足元に黒い形はあるのに、それを自分のものと認識できない。
鏡はまだ完成しない。支柱が一本折れたという。
敵陣では祈祷師たちが焦り、夜を破ろうと詠唱を強めている。次に灯を燃やせば何を失うか分からない。
「私が代わる」とノーデが油壺へ手を伸ばした。
「灯は最初に火を入れた者の目しか食べない」
キュサは四度目を注いだ。
夜が一時間伸びた。
彼女の瞳から、顔というものが消えた。ノーデの頭には髪と耳だけがあり、目も鼻も口も見えない。自分の顔へ触れても、何を触っているのか分からない。
やがて地下から三度の鐘が鳴った。鏡が完成した。
キュサは灯を吹き消した。
待たされていた朝日が一気に地平線から溢れる。敵の太陽槍が放たれ、城門へ落ちた。地下の鏡が光を返し、槍は敵陣へ反転する。祈祷師の塔が白く焼け、包囲軍が崩れた。
皆が朝を見て叫んだ。
キュサには何も見えなかった。
最後の四時間で、瞳そのものが昼に属するものと判断されたのだ。眼窩には黒い夜空のような球があり、その中で小さな星が瞬いている。
ノーデが手を握った。
「朝だ。きれいだ」
キュサは頷いた。
彼女の目には、夜だけが続いていた。救った城塞の上で、二度と明けない夜番が始まっていた。