大吉より先に

「おみくじは、結んで帰るものだよ」

小学生の元日、凶を引いて泣く高嶺雫へ、犀川清成はそう教えた。二人分を同じ枝へ結び、「これで悪いことは神社に置いていける」と笑った。

清成が高校で町を離れてから、雫は一人で初詣へ行くようになった。毎年《待ち人》の欄だけを読み、どんな結果でも枝へ結んだ。

二十九歳の元日、十年ぶりに清成と石段でぶつかった。彼は仕事を辞め、春から故郷の設計事務所に入るという。

「戻ってくるんだ」

「うん。雫は?」

「ずっといるよ」

それだけで会話が途切れた。清成が町を出た年から、雫は毎年同じ青いマフラーでこの石段を上っていた。もしかしたら一度くらい会えるかもしれないと、誰にも言わずに。

待っていた、と言うには長すぎる。清成には戻る理由が別にあるかもしれない。

並んでおみくじを引く。雫は小吉、清成は大吉だった。雫の《待ち人》には《来るが遅し》。清成の紙は見せてくれない。

「結んで帰ろう」

昔と同じように枝へ向かうと、清成が雫のおみくじをそっと取った。代わりに、自分の大吉を開いて見せる。

《待ち人 すでに目の前》

清成はそれを結ばず、雫が見える向きでもう一度読み、財布へしまった。さらに雫の小吉も丁寧に折り、自分の大吉と重ねる。

「これは持って帰りたい」

「悪いことまで持ち帰るかも」

「来るのが遅いってだけで、悪くない」

清成はポケットから二つの交通安全守りを出した。一つを雫の鞄へつけ、もう一つを自分の鍵へつける。色違いではなく、同じ深い青だった。

「来年も一緒に返しに来て」

雫は返事の代わりに、スマホの翌年一月一日へ予定を入れた。遠すぎる約束だけでは足りず、来週の日曜にも朝食の予定を追加する。参加者は《雫と清成》

石段を下りる人波の中、清成が手を差し出す。雫は迷わず握り、境内を出ても離さなかった。

おみくじは結んで帰るものだと思っていた。

けれどその年、雫は待ち人の書かれた紙も、つないだ手も持ち帰った。大吉より先に来ていた相手と、次の元日までの予定を始めるために。