天才ではない三号
阿漕小春が担任になった一年三組には、同じ顔の子が三人いた。
十三年前に事故死した天才数学者・国府田レオのクローンで、国の才能再生事業によって育てられた子どもたちだった。学校では一号、二号、三号と呼ばれ、毎月、原型との一致率を採点された。
一号は計算が速く、二号は記憶力が高かった。
三号の湧己だけは、算数が苦手だった。テストでは白紙を出し、校庭の隅で泥団子を磨いていた。
教育AIは「発達逸脱」と判定し、次年度に再初期化すると通知した。記憶を消し、別の学習モデルを入れる処置だ。
小春は湧己へ、なぜ問題を解かないのか尋ねた。
「答えが一つしかないから」
「算数はそういうものよ」
「レオ先生は、答えを見つける人だったんでしょう。僕は、答えがないものを作りたい」
湧己は磨いた泥団子を見せた。表面に空が映っていた。
小春は事業本部へ抗議した。
担当AIは、三体のうち一体でも原型能力を再現できれば投資効率は満たされると説明した。湧己を残す合理性はない。
校長も、国費で作られた子に自由教育は適用できないと言った。
小春は自分の教師評価が下がるのを承知で、三人を番号ではなく名前で呼び、別々の課題を出した。一号の玲央には演劇、二号の怜生には料理、湧己には数学史を選ばせた。
学年末、一号は舞台で台詞を忘れ、二号は焦がした卵焼きを笑い、湧己は泥団子の曲面を測るため円周率を学んだ。
三人の一致率はそろって下がった。
その代わり、初めて別々の将来希望を書いた。
再初期化の日、小春は教室に立てこもった。
保護者も報道もいない。三人に法的な親はいなかったからだ。
それでも他の生徒たちが机を廊下へ積み、「友達を消すな」と座り込んだ。映像が拡散され、処置は延期された。
小春は地方へ転任させられた。
十年後、湧己から小包が届いた。中には、火星の土で作った小さな球体が入っていた。彼は惑星造形士になっていた。
手紙には一行だけあった。
先生、天才になれなくてよかった。
小春はそれを職員室の窓辺に置いた。
教師として最も誇らしい成果は、才能を再現したことではない。
再現されることから、一人の子どもを逃がしたことだった。