始発前の一本線

鉄道設備の監視室で、姫野萩乃が夜間工事の終了確認をしていた午前四時五十五分、現場班から最後の依頼が入った。

〈三番線の軌道回路警告を解除してください。点検済み、異常なし。始発準備を優先〉

画面には細い黄色の線が一本残っている。警告は昨夜から三度出て、いずれも数秒で消えていた。後輩は現場責任者の確認番号を入力し、解除ボタンへ手を置いた。

萩乃は三回の発生時刻を並べた。すべて保守車両が同じ区間を通過した直後で、警告の長さは四秒、七秒、十一秒と伸びている。気温の低下とは逆の動きだった。

「解除しない。もう一度、接続部を見てもらう」

現場からは「始発が遅れる」と返ってきた。萩乃は、警告が長くなっていることと、通過後にだけ出ることを説明し、列車運行側へ点検延長の可能性を先に共有した。

作業員が線路脇の箱を開けると、端子を固定する金具が緩み、車両の振動で接触が途切れていた。完全に外れてはいないため、静止点検では正常に見えたという。

部品を締め直し、試験車両を一度通す。黄色い線は出なかった。始発は二分遅れたが、警告を抱えたまま走らせずに済んだ。運行画面に出た遅延理由は〈設備確認〉の四文字だけだった。その四文字の内側に、十一秒の伸びを見逃さなかった判断がある。

後輩は解除画面を閉じた。

「現場で異常なしと言われると、こちらで疑うのが失礼に感じます」

「人を疑うんじゃなくて、時間の変化を確認する。四秒が十一秒になったことは、誰の立場とも関係ないよ」

萩乃は一過性警告を回数だけで消さず、継続時間の伸びも表示する改善案を書いた。現場班の判断が間違いだったと責めるのではなく、静止点検では出ない条件も記録した。

朝、設備技術職の資格研修の申込期限が今日だと通知された。監視室のままなら生活は安定する。現場へ出れば早朝も雨の日もある。

それでも、画面の一本線が実物のどこへ続くのか、自分の目で確かめたい。

萩乃は研修申込書の希望欄へ〈軌道設備〉と書き、提出した。