家族グループからの退出

羽依が母からの電話を取ると、最初の言葉は「家族グループ見た?」だった。

グループ名は「いつでも帰っておいで」。けれど並んでいるのは、父の入院費、実家の修理、弟の借金についての相談ばかりだ。羽依が返事をしないと、母は「家族を捨てるの」と書き、父は「母さんを泣かせるな」と続けた。

「今月だけ、十万円お願いできない?」

「できない」

「ボーナス出たでしょう」

「使い道は決めてる」

「家族より大事なもの?」

羽依は引っ越したばかりの部屋で、まだ開けていない一箱に手を置いた。中には実家から持ってきた合鍵と、母が選んだカーテンが入っている。鍵はもう使わない。カーテンも、この部屋の窓には短すぎる。

「お金の相談は、金額と返済方法を文章で送って。今すぐ決めない」

「そんな他人行儀な」

「今のグループでは、断ると家族を捨てたことにされる。だから抜けるね」

母が息をのむ。「本当に捨てるつもり?」

「連絡先は消さない。電話にも出られるときは出る。でも、全員の前で責められる場所にはいない」

羽依は通話を切る前に、父と母へそれぞれ個別の連絡先を確認した。緊急時は電話、金銭の相談は文書、返事は三日以内。弟には借金の保証人にはならないと直接送る。

それから家族グループを開いた。

母 羽依は冷たい

父 落ち着いて話せ

弟 既読ついてる?

一番下にある「グループを退出」を押す。確認画面が出た。羽依は少しだけ迷い、合鍵を箱から取り出した。鍵の冷たさを掌で確かめてから、退出を確定する。

羽依が退出しました。

自分の名前が、責める文章の続きを断ち切るように表示された。

すぐに母から個別メッセージが来た。

母 合鍵はどうするの

羽依は「明日、書留で返します」と答えた。ブロックはしない。謝罪も求めない。帰る場所という言葉と、自由に入れる場所という意味を、同じにしないためだった。

箱を閉じる前、短すぎるカーテンだけは資源回収の袋へ移した。退出後の静かな画面には、母と一対一で交わした「書留」の二文字だけが残っていた。大勢の前で責め合わなくても、必要な連絡はできた。