封印書は鏡で読む
「表紙に書かれた言葉を声に出せば、封印は開く」
万象図書学院の入学試験。試験官が一冊の黒い本を玻璃の前へ置いた。栞は青、留め金は銀。前の人生と同じだ。
表紙には古代語で『知を望む』とある。前の玻璃はそのまま読み上げた。封印は開いたが、代わりに自分の記憶が本へ吸われた。名前も家も忘れた彼女は試験場を追い出され、十年後まで学院の廊下で本を運ぶだけの人間になった。
その十年で、読めない本は一冊もなくなった。あの表紙の文字が鏡文字で、正しくは『知を捧ぐ』だったことにも気づいた。
「さあ、読んで」
試験官が前と同じ青い栞を指で叩く。
前の玻璃は「知を望む」と唱えた。
今度は黙って、机上のインク皿を本の前へ置いた。磨かれた銀蓋が鏡になる。
「何をしている」
「正しい向きで読んでいます」
銀蓋に映る文字は、はっきり『知を捧ぐ』。
観覧席がざわつく。
「封印語を読まなければ失格だ」
「では、別の方法で開きます」
玻璃は青い栞を抜いた。前の人生では飾りだと思ったそれに、小さな穴が七つ空いている。本の表紙へ重ねると、文字の一部だけが見え、別の文になる。
『知を守る者に開け』
玻璃は以前とは違う言葉を、静かに読み上げた。
留め金が外れる。
黒い本から吹き出したのは記憶を奪う黒風ではなく、金色の紙片だった。紙片は試験室中を舞い、歴代受験生から吸い取られた名前を映し出す。廊下で無表情に働いていた司書補たちが、自分の名を取り戻すたび、驚いたように互いを呼び始めた。
試験官が本を閉じようとする。だが本は自ら頁をめくり、最後に一行を示した。
『封印を偽り、受験者の知を盗んだ者――現試験官』
学院の司書像が動き、試験官の腕から鍵束を取り上げる。前回玻璃へ下された記憶欠損の判定は、今度は試験官の名札に刻まれた。
黒い本は玻璃の前で白い表紙へ変わる。
【所蔵者登録:玻璃】
【入学資格:無試験認定】
そして本は、誰にもめくられていない頁に、初めて彼女の名を書いた。