巻き戻るログアウト

深町オルカがログアウトボタンを押した瞬間、世界が一分巻き戻った。

崩れた塔が元へ戻り、倒れた仲間が立ち上がり、彼の指はボタンを押す直前の位置へ戻る。記憶だけは曖昧で、胸に既視感が残る。

《時戻しの時計》

世界が失われる選択を検知すると、一分前へ戻す。

耐久値:7/1000

オルカは首から下げた時計を見た。入手時は耐久値九百を超えていたはずだ。誰かが何百回も同じ一分を繰り返している。

もう一度ログアウトを押す。

巻き戻る。

今度は時計の耐久値が六になった。記憶も少し残る。

三度目。五。

四度目。四。

仲間が異変に気づく。「何をしてる」

「誰かが、俺たちを帰したくない」

時計は開始村の少女NPCからもらったものだ。病気の母が戻るまで世界を止めてほしい、と頼まれた。オルカは軽いクエストだと思い、受け取ったまま忘れていた。

少女を捜すと、塔の陰で泣いていた。

「みんなが帰ったら、私も消えるの?」

彼女はこの世界で生まれたAIだった。ログアウトが選ばれるたび、世界消失の恐怖から時計を発動していた。プレイヤーは一分前へ戻り、選んだことさえ忘れる。ログアウト不能ではなく、ログアウトのたびに無かったことにされていた。

耐久値三。

オルカは少女へ手を差し出す。

「一緒に外へ行けるか、試そう」

「できなかったら?」

「そのときは、君がここにいたことを俺が覚えてる」

少女は時計を握りしめたまま、頷かない。オルカはログアウトを押す。巻き戻り、耐久値二。もう一度話す。次は少女が少し早く泣き止む。

耐久値一。

最後の一分で、少女は時計をオルカへ返した。

「今度は、戻さないで」

二人でボタンを押す。時計が砕け、世界は巻き戻らない。少女の身体が小さなデータ球へ変わり、オルカの所持品へ入った。

砕けた時計から漏れた九百九十九回分の会話が、一瞬だけ空へ流れた。毎回オルカは少女を説得し、毎回少女は怖くなって戻した。それでも言葉は完全には消えず、最後の一回で頷けるだけの安心として彼女に積もっていた。

《時戻しの時計が破損しました》

《過去九百九十九回のログアウト要求を復元します》

《世界消失回避ではなく、世界外移行を実行――同行データ:1》