幕が下りたら

「幕が下りたら、片づけます」

王立劇場の舞台清掃員アルベンは、公演中に紙吹雪が散っても、小道具が転がっても、それしか言わなかった。

主演女優ロザは、彼の落ち着きが少し癪だった。今夜は王太子も観劇する大初日。舞台袖には花、縄、偽物の剣、赤い塗料がひしめき、誰もが走り回っているのに、アルベンだけが箒を壁へ立て、幕の向こうを静かに見ていた。

公演は成功した。最後の台詞に拍手が重なり、緞帳が下りる。

ロザが一人で舞台へ戻ると、吊り幕の陰から男が出た。

黒衣の舞台係――ではない。手にあるのは小道具ではなく、本物の細剣。王太子の愛人だという噂を消すため、ロザを事故に見せかけて殺す刺客だった。

「悲鳴を上げても、客には喝采に聞こえる」

男が突く。

アルベンは床に落ちていた舞台用の剣を拾った。木製で、刃には銀紙が貼られている。

一度だけ、台本どおりの斬撃をした。

刺客の細剣が中央から裂け、左右の舞台板へ突き刺さる。男の黒衣は背後の吊り幕へ縫いつけられたように切れ、体だけが宙ぶらりんになった。銀紙の剣は折れず、ロザのドレスにも傷一つない。

ロザは知っていた。剣劇指導書の最終頁にだけ載る《虚実返し》。偽物の刃で本物の殺意を断つ、失踪した剣聖アルベンの技だった。彼が監修した古い舞台でしか、正しい型は残っていない。

アルベンは刺客を背景幕ごと巻き、「破損衣装・警備室へ」と札を付けた。床へ落ちた一滴の血には赤い舞台塗料を重ね、乾く前に丸ごと剥がす。折れた細剣は小道具箱の二重底へ、足跡は紙吹雪と一緒に箒で集めた。

「観客の前で戦えば、あなたが主役になれるのに」

「主役が二人いると、芝居は散らかります」

警備室へ続く廊下では、巻かれた背景幕が大道具の一つとして運ばれていく。刺客は声を上げたが、舞台裏の掛け声に紛れ、誰も客席から振り返らなかった。

アルベンは木剣の銀紙を貼り直し、元の印へ戻した。緞帳の向こうでは、まだ拍手が続いている。

ロザが何か言う前に、彼は床の紙片を指し、冒頭と同じ平凡な声で告げた。

「幕が下りたら、片づけます」