形容詞をひとつ

遠矢善一が願いの店へ持っていったのは、一枚の紙だった。

《妻が死んで、この家は寂しい》

その文は、善一が半年間、誰に会っても心の中で繰り返してきたものだった。口にすれば慰められる。黙れば、正しさだけが増していく。

店では、形容詞を一つだけ取り替えられる。

棚には《明るい》《軽い》《近い》《新しい》《やさしい》と書かれた札が並んでいた。

善一は《寂しい》を剥がし、《楽しい》を貼ろうとした。

店主が言う。

「それでよろしいですか」

妻の千登勢が死んで半年。家が楽しいはずはない。無理に笑えば、妻がいたことまで軽くなる気がした。

《にぎやか》も違う。

息子夫婦を呼べばにぎやかにはなるが、善一が欲しいのは人の数ではなかった。

《新しい》は腹が立った。

妻のいない暮らしを、新生活などと呼びたくない。

善一は棚の端に、《静かな》を見つけた。

《妻が死んで、この家は静かだ》

寂しいと静かは、似ているようで違った。

善一は《静かな》を買った。

家へ帰っても、何も変わっていなかった。

玄関に千登勢の靴はなく、台所に立つ背中もない。時計の音が響き、冷蔵庫が低く唸っている。

いつもなら、それらの音は不在を数えるためにあった。

今夜は少し違った。

静かな家には、千登勢が残した音がよく聞こえた。

食器棚を開けると、茶碗が触れ合う。廊下を歩くと、彼女が選んだ床板が鳴る。風が吹けば、窓辺の小さな鈴が鳴った。千登勢はうるさいから外そうと言い、結局ずっと外さなかった鈴だ。

善一は二人分の湯呑みを出した。

一つを片づけようとして、やめた。

静かだから、置いてあってもいい。

翌朝、孫から電話が来た。

「じいちゃん、今日行っていい?」

「今日は静かにしていたい」

言ってから、善一は笑った。

「だから来い。お前は静かにできないから、ちょうどいい」

昼過ぎ、孫が玄関を勢いよく開けた。

家はすぐ、にぎやかになった。

けれど善一の紙には、今も《静かな》と書いてある。

静けさは音の少なさではなかった。

誰かが来ても、誰かが帰っても、千登勢のいない場所を、追い払わずに置いておける広さだった。