忘れ物を取りに戻ったら
岩城史歩は、駅のホームで英語のノートを忘れたことに気づいた。
翌朝提出。取りに戻れば、いつもの電車には乗れない。迷った末に学校へ引き返すと、昇降口から根岸遥人が出てきた。
「何してるの」
「忘れ物」
彼の手にもノートがあった。表紙に史歩の名前が書いてある。
「それ、私の」
「机の横に落ちてた」
「届けに来たの?」
「駅で渡そうと思って」
遥人は一度駅まで行き、史歩がいないので学校へ戻ったらしい。史歩も駅から戻ってきた。二人は通学路のちょうど中間ですれ違わなかったことになる。
「連絡すればよかったのに」
「連絡先、知らない」
「クラスのグループ」
「全員に『岩城さんのノート持ってます』って送るの恥ずかしい」
史歩はノートを受け取った。表紙の隅に、見覚えのない小さな字で『二十七』と書いてある。
「これ何?」
遥人は目をそらした。
「史歩が忘れ物した回数」
「数えてるの?」
「たまたま」
「二十七回も?」
去年から、消しゴム、傘、体操服、図書室の本。誰かが届けてくれたと思っていた物の多くが、遥人だったらしい。
「どうして」
史歩が聞くと、遥人は先に歩き出した。
「駅まで急がないと、次も逃す」
答えになっていない。史歩は追いかけた。
ノートを開くと、折れたページの角が直され、落ちかけていたプリントも挟み直されていた。遥人は届けるだけでなく、史歩がまた何かを失くさないよう整えてくれていたらしい。『勝手に見た?』と聞くと、『英作文の間違いは見なかったことにした』と言われた。史歩はノートで彼の腕を叩いた。
二人で走ったが、踏切に阻まれた。目の前を乗るはずだった電車が通り過ぎる。
「二十八回目」
遥人が言った。
「何が?」
「史歩のせいで電車を逃した回数」
「今までにもあるの?」
「何回か」
遮断機が上がる。史歩はノートを鞄へしまい、今度はファスナーを最後まで閉めた。
「じゃあ次から、直接連絡して」
スマートフォンを差し出す。
遥人はようやくこちらを見た。
「忘れ物しなくなったら?」
「別の用事を作ればいいでしょ」
連絡先を交換しているうちに、さらに一本、電車を逃した。
遥人はそれを数えなかった。