息をする留守番電話
宍倉創警部補は、何も話さない留守電に十五回の呼吸を聞いた。
情報屋の江藤鈴は重い肺疾患を抱えながら、違法薬品の流通先を県警へ知らせていた。保護先は警察だけが知る借り上げ室。昨夜、彼女は創の直通電話へ発信し、三分二十秒、声を出さずに回線を開いたままにした。
捜査本部は誤発信として削除を求めた。鈴は今朝、保護先で死亡している。病死の見込みだという。
創は留守電を音響鑑定室で再生した。十五回の浅い呼吸。一定間隔の電子音。鈴が使う酸素濃縮器の低流量警報だった。二分を過ぎたところで、男たちの声が入る。
――名簿の複製先を言わせろ。
――酸素を戻したら、また黙る。
――朝まで持たなければ心不全で通る。
声は遠く、個人識別には足りない。だが最後にカードキーの解錠音と、「捜査四班、交代だ」という言葉が明瞭に残った。公式記録では昨夜、保護室を訪れた職員はいない。廊下カメラは午前零時から五時まで、手動で黒画面に切り替えられていた。
捜査本部長が鑑定室へ来た。
「鈴は呼吸困難で幻聴を起こしていた。テレビの音かもしれん」
「カードキー履歴が消されています」
「機器不良だ」
創は酸素濃縮器の通信ログを示した。午前一時十一分、流量設定が遠隔管理端末から最低値へ変更されている。端末の設置場所は捜査四班室。午前四時に元へ戻されていた。
本部長は画面を伏せた。
「鈴は違法薬品を売っていた。捜査員が強く聞く必要はあった。これを殺人の疑いとして出せば、四班の事件は全件再審査だ。お前も保護責任者として追及される」
創は返事をしなかった。保護室を一晩空けたのは自分だ。報告すれば、その怠慢も記録に残る。黙れば、鈴の最後の呼吸は病気の音に戻る。
彼は留守電原音、機器ログ、削除されたカードキー領域の復元結果を一つの報告書へ添えた。自分の不在時間も隠さず記入する。
十五本の呼吸波形を印刷し、本部長の前へ並べたあと、創は『保護下死亡に伴う職員関与の疑い』の提出ボタンを押した。