戦場跡で苔麒麟に水を

停戦の翌朝、焼け野原に緑の麒麟が立っていた。

鹿に似た体を苔色の毛が覆い、一本角から小さな花を咲かせている。傷ついた大地を癒やす聖獣、苔麒麟だ。だが近づいた兵が倒れたため、両軍は「敵の毒獣だ」と弓を構えた。

野戦炊事係のカイエンは、倒れた兵の顔を見て首を振った。

毒ではない。暑さと恐怖で気を失っただけだ。

麒麟のほうが危うかった。右脇腹の毛が焼け焦げ、呼吸のたび皮膚が引きつっている。昨日の聖油弾を浴びたのだろう。清めの炎と呼ばれていたが、焼く相手を選ぶ火ではない。

「矢を下ろせ。あれは土地を治して、自分は治せずにいる」

敵味方どちらも聞かなかった。

カイエンは水桶を一つ担ぎ、武器を置いて荒野へ出た。苔麒麟が角を向ける。足元から蔓が伸び、彼の靴を縛った。

無理に進まず、カイエンは桶をその場へ置く。

「水だ。奪わない。俺が飲んでもいい」

柄杓で一口飲み、残りを地面へ少し注ぐ。乾いた土から草が生えた。

苔麒麟は揺れる足で近づき、桶へ口をつけた。水を飲む音が止まるまで、カイエンは動かなかった。

やがて麒麟が体の横を見せる。

焦げた毛の下には、聖油が固まって皮膚へ貼りついていた。剥がせば肉まで持っていかれる。カイエンは炊事用の油を薄く塗り、焦げを柔らかくした。濡れ布で少しずつ押し取り、冷却草を載せる。

麒麟が震えるたび、角の花が一枚ずつ散った。

「もう戦は終わった。痛いときまで立派でいなくていい」

最後に包帯を回すと、麒麟は前脚を折って伏せた。

腹が空だと分かり、カイエンは兵の朝粥へ刻んだ青菜を混ぜて差し出す。麒麟は静かに食べ、空の器を鼻先で返した。

司令官たちが近づいてくる。

「聖獣の加護は勝者のものだ。我が軍旗の下へ連れてこい」

苔麒麟は二本の軍旗へ同時に蔓を絡ませ、地面へ倒した。

そしてカイエンの膝へ頭を載せる。角の根元が光り、彼の腕に一輪の花印が咲いた。

焦げていない首毛は、雨上がりの苔のようにしっとり柔らかかった。水を飲んだぶんだけ頭は重さを取り戻し、その温かな重みが腿へ沈む。カイエンは両軍に背を向け、花の匂いがする鬣を、戦場の音が消えるまで撫で続けた。