扉を叩かない百二十軒

王都小包便の配達人は、荷より待ち時間を運んでいた。

百二十軒を回っても、留守、昼寝、入浴中。扉を三度叩き、隣人へ尋ね、持ち帰る。一日で渡せるのは十八包だけで、残りは局へ戻る。葛城鞠江が「家へ行くのをやめる」と言うと、配達長は笑った。

「配達せずに配達料を取るのか」

鞠江は各区画で朝から夜まで開いている店を八軒選んだ。パン屋、浴場、宿屋、薬草店。宛先ごとに最寄りの店を決め、同じ店の小包を一つの籠へまとめる。受取人には店名と引換番号を書いた札を前日に配った。

翌朝、荷車は八軒だけを回った。

一軒目のパン屋へ十五包を下ろし、帳面へ十五の番号を並べる。時間は六分。二軒目、三軒目。最後の宿屋へ着いたとき、出発から一刻半しかたっていなかった。

昼、仕事帰りの住民が札を見せ、小包を受け取る。パンを買うついで、風呂へ入るついで。店は受取一件につき銅貨一枚を得るため、夜まで責任を持って預かった。

日暮れ、未受取は三包だけ。翌朝には三人とも受け取り、局へ戻った荷は零だった。

受取所の店主は、小包を番号順の棚へ置き、札の番号と本人の署名を照合した。配達人が一軒ごとに本人を待つ代わりに、住民が自分の都合で八つの店へ寄る。待ち時間は配達人百二十分から、受取人一人あたり一分へ移った。

パン屋では十五人のうち十二人がパンも買い、浴場では預かり客が夜湯へ入った。店主には銅貨だけでなく新しい客が増える。盗難を心配した配達長も、初週八百四十包で紛失零という帳面を前に黙った。

配達人四人は、持ち戻りの再訪から解放され、新しい郊外路線へ回った。局の売上は人員を増やさず一・六倍。扉を叩かないことが、届ける数を増やしていた。

従来は百二十軒へ二日かけ、再配達を含めて三百回以上扉を叩いた。今回は訪問先八軒、走行距離は五分の一、配達完了率は百パーセント。

配達長は空の持ち帰り棚を何度も開けた。そこへ八軒の店主が、次も預かりたいと契約札を持ってくる。

郵便局長は鞠江の地図へ八つの公印を押した。

「受取所を正式に開設する。王都全区画の置き場所を選ぶ所長は、君だ」