拍手をしない批評家

初日の客席には、決して拍手をしない批評家がいた。

地方劇団の新作で、主役の俳優が落下装置の故障により負傷した。舞台袖では覆面の道具係が安全索へ触れていたと証言され、客席では匿名批評家が事故直後から「主役の自作自演だ」と投稿した。道具係と批評家は別々の場所にいたため、劇団は二方向から追及された。

私は批評家の席を調べた。肘掛けには舞台用の銀粉が付着し、座面には誰も長く座っていない折り目が残っていた。もう一つ、覆面の道具係も批評家の投稿も、主役を「座長」ではなく古い呼び方の「頭取」と呼んでいた。

投稿は上演中も途切れず、客席に本人がいる証拠とされた。しかし文章はすべて同じ秒数の間隔で公開され、写真の角度も開演前に撮れるものばかりだった。予約投稿だと考えれば、批評家は席にいる必要がない。

客席係は、批評家が開演前に咳払いをし、休憩後も同じ席にいたと証言した。だが咳は外套のポケットに入れた小型音響装置から流れ、休憩時には帽子の向きだけが変えられていた。暗い客席では、人は顔より「そこに置かれた形」を人間だと思う。

道具係の覆面には、批評家が愛用すると投稿した香水が付着していた。本人は犯人が批評家を陥れたと言うだろう。そうやって二人の存在は、証拠が重なるほど別々であるかのように守り合っていた。

事故の再現稽古で、私は批評家席に圧力センサーを置いた。開演前、外套と帽子を置いた人物が座り、照明が落ちるとすぐ舞台袖へ消えた。数分後、覆面の道具係が現れ、安全索へ手を伸ばした。

捕まえた道具係のポケットから、批評家の投稿端末が出てきた。正体は主役の代役を狙う研究生だった。批評家として主役の評判を落とし、道具係として事故を起こし、二人の敵がいるように見せたのだ。

客席の外套を指すと、研究生は言った。

「そこに批評家がいるでしょう」

ちょうど予約投稿が届き、無人の端末が主役を嘲った。

拍手をしない批評家は、冷酷だから手を叩かなかったのではない。拍手の時間、同じ一人の両手は舞台袖で安全索を切っていた。