拾得物は本人

古賀崇史は、父の遺品を探すため母校の資料室を訪れた。二十九歳。父は用務員として三十年勤め、亡くなる直前まで「放課後の忘れ物放送」を嫌っていた。

父の作業日誌には、一文だけ太く囲まれている。

《放課後の校内放送で自分の持ち物が呼ばれても、取りに戻ってはいけない》

学校が建つ前、この地区では拾った遺品を高台から読み上げ、持ち主の霊に返す「物呼び」が行われた。生者が名乗り出ると、物ではなく本人を拾得したことになると日誌にある。

崇史が資料室を出た午後五時、古いスピーカーが鳴った。

『腕時計を落とした古賀崇史さん。職員室まで取りに来てください』

それは父が生前使っていた銀色の腕時計だった。父の葬儀後、見つからなかった唯一の遺品である。崇史は放送の注意を思い出したが、一度だけ職員室へ戻った。

机の上に腕時計と拾得物届があった。品名欄は《古賀崇史》、特徴欄は服装や身長まで正確に記され、拾得場所は資料室。腕時計は「目印」と書かれている。

崇史が時計を取ると、校内放送が『落とし主が見つかりました』と告げた。職員室の戸棚が内側から開き、暗闇で誰かが受取印を押した。

腕時計の針は帰宅後も逆回りし、崇史が学校へ近づく方向へ歩くと正常に進んだ。裏蓋にはなかった刻印が現れ、《拾得時刻まで巻き戻す》と読める。父の作業日誌を撮った画像も変わり、最後の頁に今日の日付で《息子を目印として提出》という署名が加わっていた。署名は父の字だが、インクはまだ濡れていた。

崇史は時計を持って逃げた。翌朝から、駅や店の防犯カメラが彼を落とし物として認識し、画面へ黄色い枠を表示するようになった。

腕時計は正午になると校内放送と同じ旋律を鳴らし、文字盤の十二が《職員室》へ変わった。外そうとしても、留め金には受取印の朱肉が滲んだ。

昼、交通機関の遺失物アプリから通知が来た。

《拾得物:成人男性一名》

《特徴:古賀崇史》

《保管場所:旧校舎職員室》

《保管期限:本日》

直後、駅員から電話があった。

「古賀さんですね。ご本人の落とし主が見つかりました。これから受け取りに伺うそうです」