救助価値三十年

綾部宗雅は出勤前、購入寿命の残高を確かめる。自然寿命は四十一年。買った寿命はゼロ。健康な二十代が追加で買う理由はないので、表示を見るだけだった。

恋人の依鶴も同じだった。

湾岸モールにいるとき、巨大地震が起きた。天井が崩れ、二人は地下駐車場へ閉じ込められた。浸水が始まり、救助ドローンが一人ずつ身体を読み取る。

宗雅の前で表示が出た。

《購入寿命資産:〇年》

《救助優先度:対象外》

災害救助では、購入済み寿命を最も多く失う者から搬送する。公費で救うなら、市場価値の高い命を守る。それが唯一の規則だった。

隣で、七十代の男が読み取られる。

《購入寿命資産:三十年》

《救助優先度:一》

男は歩ける。宗雅は瓦礫で脚を挟まれ、依鶴は腹部から血を流している。

「彼女を先に」

ドローンは答える。

《購入資産を確認できません》

依鶴の自然残量は五十二年。それでも市場で買われていない時間には、救助価値が付かない。

宗雅はその場で一年を購入しようとした。

《災害区域からの新規購入は、救助順位操作となるため停止しています》

男が救助カプセルへ乗る。申し訳なさそうに、宗雅たちを見た。

二機目が来る。

購入寿命二十二年の女性が選ばれる。

水位が依鶴の腰まで上がる。

「私の口座、見て」

彼女は震える指で、半年前の購入履歴を開いた。

結婚後の出産に備え、一か月だけ買っていた。

《購入寿命資産:三十一日》

《救助優先度:四百八十二》

「四百八十二番なら、来るよ」

依鶴は笑った。

残り救助可能人数は六。

宗雅は彼女を抱き上げようとする。脚が動かない。

三機目、四機目。購入年数の多い人が消えていく。

最後の一機が降りた。

《購入寿命資産:二年》

《救助優先度:六》

選ばれたのは、気絶した少年だった。両親が出生祝いに二年を買っていた。

カプセルが上昇する。

画面が更新される。

《本区域の救助資産を回収しました》

人的救助ではなく、資産回収と表示されていた。

依鶴の呼吸が弱くなる。

宗雅は自分の四十一年を売り、その金で彼女へ購入寿命を付けようとした。売却画面だけは災害中も開いた。

《売却は可能です》

全量を選ぶ。

《購入は停止中です》

宗雅の四十一年は市場へ出たが、依鶴へは届かなかった。

水が胸まで来る。

二人の救助価値は最後までゼロのまま、売られた宗雅の四十一年だけが地上で取引を成立させた。