文字化けした件名

地区設備協会で派遣社員をしている羽生田志保は、古いメールを直すのが得意だった。件名が『譁ー譽溘A譛ャ蜻ス』のように崩れていても、文字コードを変えれば読める。

市庁舎東棟と西棟の空調保守入札が終わった朝、協会事務局長は志保に、送信済みメールを一年分削除するよう命じた。容量不足だという。だが削除対象は、入札公告の前後二週間に集中していた。

志保は保管規程に従い、削除前の一覧を出力した。一通だけ、文字化けした件名がある。文字コードを旧式の日本語へ戻すと、こう読めた。

『東棟A本命、西棟B本命、Cは休み』

送信日時は公告の三日前、二十二時十四分。宛先は参加三社の役員。添付ファイルを開くと、東棟と西棟の入札予定額が並び、実際の開札結果と一円まで一致していた。

事務局長は、昔の練習用資料だと言った。志保がメールヘッダーを示すと、顔を背けた。三社すべてが受信し、翌朝に開封確認を返している。

市の落札決裁会議には、協会も参考人として呼ばれていた。事務局長は「会員間の価格情報交換はない」と断言した。志保は削除作業の記録担当として後ろに座っていた。

委員長が東棟の契約書を開いたとき、志保は印刷したメールを差し出した。文字化けした件名と、復元した件名を上下に並べてある。

「読めなければ、なかったことになりますか」

事務局長は黙った。委員長は添付表の金額を開札一覧と照合した。東棟も西棟も、指定された会社が指定された額で最安だった。

添付表の右端には『返信確認』の列があり、三社とも翌朝までに『了解』と返していた。メールサーバの記録では、その返信は別々の会社ドメインから届いている。誰かが勝手に作った名簿ではない。参加者全員が受け取り、役割を認めた記録だった。志保が復元手順を説明すると、委員長自身の端末でも同じ件名が読めた。文字化けは暗号ではなく、ただの表示の失敗だった。

決裁印は契約書の上で止まった。意味を失っていた文字が戻った瞬間、決まっていたはずの順番が崩れた。