斜面で回さない刃
農機具営業の深見牧人は、果樹園主から草刈り用アタッチメントを収穫前に届けてほしいと頼まれた。
カタログ上では、園主のトラクターに適合する。契約すれば今月最大の受注だった。
牧人は型式だけで決めず、畑へ機械を見に行った。後部のPTO軸は同じ規格だが、三年前の修理で保護カバーが別形状に交換されている。新しい刃を付けると、回転軸との隙間が指一本分しかない。
「回れば使える」
園主は急いでいた。雑草が伸び、作業員も足りない。
作業を手伝う息子は大型機の講習を受けておらず、忙しい日は園主に代わって乗る予定だった。牧人は二人の操作経験を別々に確かめた。機械が扱えるかではなく、実際に鍵を持つ人が扱えるかを見なければならない。
牧人は実演機を平地で動かし、次に果樹園の斜面へ入れた。入口から五メートルで止めた。刃の重さが後ろへかかり、前輪がわずかに浮いたからだ。園主の畑は横向きの傾斜が多い。回転できても、旋回時に車体が傾く。
「出力は足りています」
牧人は言った。
「足りないのは前の重さです」
彼は高価な大型機の契約書を破棄し、幅の狭い軽量アタッチメントへ変更した。作業幅は減るが、木の間を切り返す回数が少ない。PTOの保護カバーも純正品へ戻し、前部には必要最小限の重りを付ける。
納期を間に合わせるため、実演機をそのまま一週間貸し出し、新品は収穫後に納める。園主には平地だけを先に刈ってもらい、斜面は牧人がその日の夕方に立ち会うまで入らないよう頼んだ。
「営業が作業を止めるのか」
「売った翌日に横倒しになれば、納期より遅れます」
園主は渋々鍵を返した。
日が傾く前、軽量機で斜面を走ると、前輪は浮かなかった。作業時間は大型機の予想より短かった。木の間で切り返さずに済んだからだ。
契約は小さくなったが、園主は隣の畑も牧人に見せた。
帰社途中、別の農家から写真が届いた。
〈カタログでは付くはずだが、軸が届かない〉
牧人は写真だけで部品を送らず、坂の角度も一緒に測ってほしいと返信した。